モンスター企業マーベルの歴史、 マーベルを勢いづけたサム・ライミ版スパイダーマン

公開される映画は全てと言っていいほど、大ヒットしているマーベル映画。

今では累計世界興行収入が1兆円を超えるモンスター企業マーベル

勢いが止まらないマーベルの快進撃はいつまで続くのでしょうか。

インフィニティウォー 今後の展開と考察。衝撃のラストとは。

今のところ勢いはとまる気配はありません。

自社の映画制作会社を保有し、大ヒット映画を世に送り出しているマーベルですが、過去には倒産の危機にも追い込まれています。

果たしてマーベルはどのように窮地を脱却したのでしょうか?

それよりも以前のマーベルの歴史を紐解いていくことで、マーベルの全貌が見えてきます。

スーパーマン、バットマンといったDC作品の大ヒットは、当時のマーベルには皆無でした。

映画事業ではDCコミックスに先を越されていたマーベル。

パブロくん

まずスーパーマンとバットマンについて知ろうな。

スーパーマン

スーパーマン(1979)

今ではDCがマーベルに食い込む余地はないほどに、マーベルの勢いが強いですよね。

DC映画も頑張って欲しいですが、今のところマーベルを打ち負かすことは難しいでしょう。

史上初のアメコミヒーローたち

スーパーマンの歴史【 DCコミックス 】

公開日

1979年6月23日

上映時間

135分

キャスト

キャスト

リチャード・ドナー(監督)
クリストファー・リーヴ

予告編

バットマン

バットマン(1989)

公開日

1989年12月2日

上映時間

127分

キャスト

キャスト

ティム・バートン(監督)
マイケル・キートン
ジャック・ニコルソン

予告編

バットマンの歴史、旧バットマンはこの順番でみるべし

トッド・マクファーレン

イメージコミックス設立

1990年代前半は、映画事業とは対照的にコミックス事業が絶好調だったマーベル。

1991年創刊『X-MEN』第1号はアメリカ国内で800万部近くの売り上げを記録。

ここもマーベルの営業がうまかったですね。

創刊された『X-MEN』第1号の表紙は全部合わせると5種類あり、全ての表紙を合わせることで1つの絵になるなるという仕掛け。

当然コミックスファンは、中身が同じ本を表紙を揃えるために、5種類購入するわけです。

そういったファンに同じ本を5種類も買わせて売り上げ部数を稼いでいたマーベル。

思わず『ヤクザじゃねえか 』とツッコミをいれたくなりますが。

コアなファンの間ではいずれ購入したコミックスの価格が高騰すると予想されていました。

1990年代前半のアメコミはまさにコミックバブルの時代。

そうやって調子に乗りまくっていたマーベルに天罰が下ります。

以前の『トッド・マクファーレンとスポーン』で紹介したイメージコミックスのお話に戻ります。

『スポーン』リブート版 トッド・マクファーレン監督、主演はジェイミー・フォックスに決定

マーベルの若手コミックス作家たちは、自分たちが作り上げたキャラクターが爆売れしても利益の多くをマーベルに持っていかれていました。

当然のように不満分子が出てきますよね。

『もっと売り上げの分け前くれよ!』状態だったわけです。

その代表的な人物がトッド・マクファーレンといった有望株の若手コミックス作家たち。

彼らの不満が爆発し、マーベルに所属していたトッド・マクファーレンをはじめとした若手作家たちは、マーベルを離脱しイメージコミックスという会社を設立します。

マーベルの株価は急落することになります。

人材育成は大事ですね。

自社の有望な人材のほとんどを失ったマーベル。

普通は反省しますよね。

調子に乗りまくっていたマーベル社は、反省すらしなかったのです。

そんなものはお構いなしに、トレーディングカード会社や玩具会社を買収しあらゆる事業を継続した結果。

どうなったと思いますか?

最終的には大量の在庫を抱えて、アメリカ全土のコミックスショップでは倒産が相次ぎ、マーベルは借金地獄と化しました。

自業自得ですね。

そして1996年。とうとう『ヤベエ。これは尋常じゃなくヤベエ。ヤベエじゃねえかこれは!』と言って裁判所に破産申告を申し立てます。

マーベルが瀕死状態になった瞬間でした。

残りHP1状態です。ストリート・ファイターでいうと弱パンチ1発でKO状態に陥りました。