「 ある人質 生還までの398日 」考察レビュー、IS(イスラム国)に誘拐・監禁された写真家の実話が描かれる

こんにちは、Johnです。

映画ライフ楽しんでますか?

今回は、ペンネーム(@LEDMAXI)さんからの投稿レビューです。

描かれているのは単純な生還物語ではない。

個人と国家、民族と家族。

捕虜仲間との葛藤と、愛と世界の物語(ノンフィクションドラマ)である。

 

画像の引用元:IMDb公式サイトより
(アイキャッチ画像含む)

ある人質 生還までの398作品情報)

ある人質 生還までの398日

©ある人質 生還までの398日

公開日

2021219

原題

Ser du månen, Daniel 

上映時間

138

キャスト

  • ニールス・アルデン・オプレヴ(監督)
  • アンダース・W・ベアテルセン(共同監督)
  • エスベン・スメド・イェンセン
  • トビー・ケベル
  • アンダース・W・ベアテルセン
  • ソフィー・トルプ
  • クリスティアン・ギュレルプコッホ 他

プクダムスゴー「 ISの人質 13ヶ月の拘束、そして生還 」(原作)

予告編

公式サイト

ある人質 生還までの398

作品評価

五つ星
映像
(3.0)
脚本
(5.0)
キャスト
(3.0)
音楽(BGM)
(3.0)
リピート度
(4.0)
グロ度
(3.0)
総合評価
(4.5)

 

ある人質 生還までの398(感想レビュー)

ある人質 生還までの398日

©ある人質 生還までの398日

好きだった点

単純で無謀無策な若者が希望的観測で危険地帯に行って戦場外だから安全だろう、そして拘束・拷問されなんだかんだ脱出生還できるカタルシスの物語じゃない。

多くのメッセージが織り込まれ、深く真剣に受け止めるべき事を教えてくれている。

戦場や未開地のモチーフは、文明国の住んでる人々には刺激的で衝撃的ゆえ、メディアに売込み易く売名の手段次第でビジネスになる。

気持ちの発端は「 平和の覚醒 」 なのだから大義名分になってしまう。

聖戦だとイキってたIS側には、西洋に貶められて搾取され、アタマを抑え続けられた面々とした歴史もある。

西洋文明側の僕等からしたら言語道断だけど、彼等には彼等の正義もある難しさを教えてくれる。

嫌いだった点

鑑賞するにあたって注意が必要かもしれない。

自身が過去にDVやイジメを受け、今も尚フラッシュバックやPTSDが起こるなら控えた方が良いと思います。

それだけ苛酷なシーンが畳み掛けてくる。

見どころ

最初は単独で囚われていたダニエルだが、IS(イスラム国)が身代金要求を行って以来、管理管轄は変わり複数名の捕虜との日々が始まる。

此処にはフランス人やアメリカ人等々、多国籍に捕虜が収監されている。

収監先で後からやって来るアメリカ人の従軍記者ジェームズフォリー。

彼の博愛精神が、それまで集団でありながら相互疑心暗鬼で孤独と孤立感に苛まされていた獄中生活が穏やかに繋がっていく様は一筋の光明に思える。

ある人質 生還までの398(考察レビュー)

ある人質 生還までの398日

©ある人質 生還までの398日

日本国民にしてみれば記憶に新しい事件がある。

2015年の民間軍事会社を行っていた湯川遥菜とフリージャーナリストの後藤健二の誘拐殺害事件だ。

この殺害の主犯格(動画に登場)していてるISの通称ジハーディ・ジョン。

彼は今作でも登場し、誘拐された場所もシリアのアレッポである。

そう!

今作は対岸の火事としてのフィクションではなく、僕ら日本国民も同様に経験した類似社会事件だと意識したい。

今作では当時の日本国内でもバワーワードになった「 自己責任 」

今も使われるが、この使い方は間違っている!

「 自己責任 」は他者から突きつけられる言葉ではなく、自分自身が自分に向ける自戒の言葉だと言う事も知らなくてはならない。

個人に対して、国家は何もしてくれない。

人は自身にも社会にも世界にもファクトが必要だ。

それをなくした言動は無謀な落し穴にはまる。

人の狂気は太古から神の名の下に正当化される。

しかし、人は小さな「 愛 」を与え合うことで強くも優しくもなれる。

映画ライターになりませんか?

映画ライター

映画ライターに興味ある人は是非チャレンジしてみては?

▶︎ さあ、映画ライターになろう

 

まとめ

ある人質 生還までの398日

©ある人質 生還までの398日

21世紀に入りグローバル化が発展した世界。

ヒトもモノもカネも簡単に移動し、宗教も移動し触れやすいインフラが拡大し簡単に「 共鳴者 」が拡大していく。

利便性の拡大に伴い、悪意の利便性も拡大していく。

コロナ禍で「 不寛容 」の拡大を感じざるを得ない時代の中で、僕たちは「 愛 」を感じていたのだと気付かされる。