「 異人たち 」山田太一の原作を大胆に脚色したイギリス映画【 あらすじ・リメイク版 】

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かつて大林宣彦も映画化した山田太一の小説「 異人たちとの夏 」を、アンドリュー・ヘイがロンドンに舞台を写して再映画化。

死んだはずの両親と出会う基本的な設定は同じだが、思いもよらぬ脚色がなされていた。

目次

異人たち

©︎All of Us Strangers

あらすじ

夜になると人の気配が遠のく、ロンドンのタワーマンションに一人暮らす脚本家アダムは、偶然同じマンションの謎めいた住人、ハリーの訪問で、ありふれた日常に変化が訪れる。ハリーとの関係が深まるにつれて、アダムは遠い子供の頃の世界に引き戻され、30年前に死別した両親が、そのままの姿で目の前に現れる。想像もしなかった再会に固く閉ざしていた心が解きほぐされていくのを感じるのだったが、その先には思いもしない世界が広がっていた…

公式HPより

公開日

2024年4月19日

原題

All of Us Strangers

上映時間

105分

キャスト

  • アンドリュー・ヘイ(監督・脚本)
  • 山田太一(原作)
  • アンドリュー・スコット
  • ポール・メスカル
  • ジェイミー・ベル
  • クレア・フォイ

予告編

公式サイト

異人たち

山田太一の原作小説と大林宣彦の映画化

©︎All of Us Strangers

「 岸辺のアルバム 」「 ふぞろいの林檎たち 」「 獅子の時代 」など主にテレビの脚本家として名を知られる山田太一。

1970年代後半から80年代にかけての人気は凄まじいもので、「 テレビの脚本家と言えば山田太一と倉本聰がツートップ 」という時代が長く続いたものだ。

小説も十数冊書いているが、初期はテレビ脚本をベースにしたものが多い。

1987年に刊行されてベストセラーとなった「 異人たちとの夏 」は、テレビ番組とは一切関係なく、今に至るも一度もテレビ化されていないという点では「 飛ぶ夢をしばらく見ない 」に次いで2作目に当たる。(90年代以降の小説はほぼテレビと無関係なものばかりになる)

「 異人たちとの夏 」は1988年に日本で映画化されている。

監督は大林宣彦。

脚本がテレビ脚本家としてこれまた高名な市川森一だったこともあり、大いに話題になった。

今では共に故人となってしまった山田も市川も、当時はまだ現役バリバリ。山田の方が7歳上とは言え、ほぼライバルと言っていい存在だったはずで(NHKの大河ドラマを書いたのは市川の方が早い)、

このような組み合わせが実現したのは少々不思議な感じもする。

市川は、映画脚本としては初となるこの作品で、第12回日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞している。

その「 異人たちとの夏 」は公開時に見たきりだが、あまり感心する出来ではなかった。

片岡鶴太郎と秋吉久美子が演じる両親のエピソードは、小説版の味わいに忠実で悪くない。しかし名取裕子が演じる謎の女のエピソードは別の映画のような暴走ぶり。

終盤の特撮バリバリなスペクタクルは、大林宣彦の悪い面が出てしまったとしか言いようがなく、興醒めした。

大林宣彦は大好きな監督だが、大傑作の次にとんでもない駄作を撮って涼しい顔をしているような人なので油断ならない。

大きな違いは主人公をゲイにしたこと

そんな「 異人たちとの夏 」が、ロンドンに舞台を移し替え、イギリス映画「 異人たち 」として再映画化された。

監督・脚本は「 さざなみ 」(2015)「 荒野にて 」(2017年)のアンドリュー・ヘイ。

評判の良さは事前に伝わってきたが、実際に見てみとる、いろいろな意味で驚かされる作品だった。

ロンドンに舞台を移しているとは言え、全体の設定はほぼ同じだ。

人間の孤独や疎外感、異人たち(=死者たち)との交流による魂の再生といったテーマの掘り下げについて言えば、1988年の大林版はもちろん、原作小説をも凌駕する出来で、傑作と言うにふさわしい出来だ。

しかし、この作品には原作との大きな違いがある。

事前に耳にはしていたが、主人公のアダム(アンドリュー・スコット)はゲイであり、大林版で名取裕子が演じた役はハリー(ポール・メスカル)という男性になっているのだ。

そこまでは想定内なのだが、2人の性愛関係が思ったよりもはるかに濃厚に描かれていて、その濃厚さには正直なところ辟易した。

これは自分のゲイに対する偏見や無意識の嫌悪が為せる業なのか?とも思ったが、脳内であの2人を男女に置き換えても結果はあまり変わらないので、そうでもないようだ。

「 この物語で、そこまでねっとりと性愛を描く必要はあるのか?両親のエピソードとの解離が大きいのでは?」と思わずにはいられない。

最後まで見れば演出意図として理解できる部分もあるが、それにしても少しバランスが悪かったのでは。

ちなみに本作のレイティングはR15+。

近くにいた70代と思しき男性は、中盤で席を立った。

その気持ちは分からないでもないし、同じような反発を抱く人は多いだろう。

感動的な映画なのに、家族で見ることをオススメできないのは残念だ。

1980年代からの価値観の変遷にも注目

しかし、主人公をゲイにしたことに意味がなかったわけではない。

自らがゲイであることを打ち明けたアダムと両親(の幽霊)の率直な会話は、一言一言が心に染み入るものだ。

ゲイであることを隠していたが故のアダムの疎外感。

その事実に戸惑いを覚えながらも、息子を理解し、その生き方を肯定しようとする両親…ゲイを描いた映画は山ほどあるが、その中でもこの会話のリアリティは出色のものだ。

ファンタジックな設定であるが故に、現実的なしがらみから解放され、〈 家族という他人 〉を理解しようとする真摯さが胸を打つ。

面白いのは、舞台が現代(2020年代?)なのに対し、両親は1980年代に死んでいるため、アダムが時代的な価値観の違いについて、いろいろ説明するところ。

奇しくも2024年、タイムマシンによって1980年代と2020年代を行き来し、その価値観の違いをコメディタッチで描くTBSのテレビドラマ「 不適切にもほどがある!」が話題になったが、それとよく似ている。

80年代で意識がストップしている両親からすると、ゲイであっても表立った差別や迫害を受けずに済むことはかなりの驚き。

決してコメディタッチではないのだが、この認識の落差にはニヤニヤしてしまう。

そう、ゆっくりと、少しずつであれ、人の意識は進歩しているのだ。

人の孤独にどこまでも寄り添う姿勢

主人公をある意味分かりやすいマイノリティであるゲイにしたことで、自分がこの世界に居場所を見出せない疎外感が、より明確に伝わるようになったことは確かだ。

All of Us Strangersというタイトルが実にしっくり来るし、そのタイトルからも、本作が何をテーマとしているかは明らかだ。

ただしそれがゲイという特性に偏り過ぎたように感じられる部分が、評価の分かれ目だろう。

筆者はゲイという特性をマイノリティとしての普遍的な疎外感に逐次翻訳しながら見ていたが、前述の通り妙に生々しい性愛描写で引っかかってしまったことは否定できない。

しかし本作が原作から大きく変更された点は、実はもう1つある。

それが終盤の展開と結末だ。公開初日にくわしく語ることではないので、具体的な話は控えるが、大林映画や原作小説よりもはるかに素晴らしく、感動的なエンディングになっていると思う。

人の孤独に対してどこまでも寄り添おうとするこの強い姿勢があればこそ、最終的にはこの作品を「 傑作 」と呼ぶことにためらいはない。

「 生きる LIVING」(2022)の撮影監督ジェイミー・ラムジーの陰影深い絵作りも特筆に値する。

執筆者

文・ライター:ぼのぼの

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