「 ケンとカズ 」で評判を呼んだ小路紘史が、前作に引き続き自主製作で完成させた新作。
死体処理を専門として裏社会で生きる辰巳は、ひょんな成り行きから、ある少女の復讐を手助けすることになる。
血と暴力が吹き荒れる世界で、2人は目的を果たして生き残ることができるのか?
辰巳
あらすじ
裏稼業で働く孤独な辰巳(遠藤雄弥)は、ある日元恋人・京子(龜田七海)の殺害現場に遭遇する。一緒にいた京子の妹・葵(森田想)を連れて、命からがら逃げる辰巳。片や、最愛の家族を失い、復讐を誓う葵は、京子殺害の犯人を追う。生意気な葵と反目し合いながらも復讐の旅に同行することになった辰巳は、彼女に協力するうち、ある感情が芽生えていく
公式サイトより引用。
公開日
2024年4月20日
上映時間
108分
予告編
キャスト
- 小路紘史(監督)
- 遠藤雄弥
- 森田想
- 後藤剛範
- 佐藤五郎
- 倉本朋幸
- 藤原季節
- 足立智充
- 龜田七海
- 渡部龍平
- 松本亮
公式サイト
そこは「 北斗の拳 」の世界
筆者は全く知らなかったが、「 ケンとカズ 」(2016年)という作品が一部で評判になったらしい小路紘史監督の2作目。
コロナ禍を挟んだせいもあって製作期間は5年にも及んだらしい。
そのわりに俳優たちの容貌が変わったようには見えないし、上映後のトークショーでも話題になった通り、数年にまたがる追加撮影で毎回同じテンションにもっていけるのもすごいものだ。
ジャパニーズノワールと喧伝されているが、トークショーのゲストに出てきた般若が「 警察はどこにもいないんでしょうか? これって『 北斗の拳 』の世界ですよ 」と破壊力抜群のコメントをした通り、
出てくる人間が全員犯罪者という架空世界における、血に彩られた復讐の物語だ。
ストーリーはもろに「 レオン 」(1994年)の翻案。
とはいえ、一つひとつの要素は巧妙にアレンジされていて、ヤクザ者同士の義理や権謀術数、そんなしきたりを歯牙にもかけない狂犬が物語を引っかき回すところなど、
「 仁義なき戦い 」を思わせる要素もたっぷり導入されている。
そのためパクリといった悪い印象はない。
最大の魅力は「 むき出しの生 」
不満点としては、登場人物がどういう思惑や利害関係で動いているのか、複雑でよく分からないこと。
そもそも辰巳(遠藤雄弥)が葵(森田想)を命懸けで守る理由がよく分からない。
姉に対する借りやさまざまな成り行きなど一応の理由はあるものの、説得力は弱く、「 それで組を裏切って命を賭けるほどか? 」と思ってしまう。
他の登場人物も、複雑な利害を持つ者ほど「 結局この人にとってはどこが着地点になるんだ? 」と分からなくなる。
辰巳の所属する組と後藤(後藤剛範)のグループの関係性もよく分からない。
そもそも後藤のグループが何をシノギにしているのかよく分からない。
つまり各人の行動の動機や方向性が分からないという、通常ならばストーリーテリングにおける致命的な問題を抱えている。
にも関わらず面白い。
確かに複雑なストーリー(人物同士の利害関係)はあるのだが、この映画の魅力は、そのような人物関係のダイナミズムではなく、血みどろの暴力を通して描かれる「 むき出しの生 」にあるからだ。
ストーリーではなく、俳優の身体が物語を紡いでいく。
比較的近いタイプの作品としては、ヤン・イクチュンの「 息もできない 」(2008年)が挙げられる。
これほどヒリヒリした人間の実存を感じさせてくれる映画は滅多にない。
マックスとフュリオサを思わせる2人の関係
先ほど書いた「 『 レオン 』のアレンジではあるが、パクリにはなっていない 」という話と関連するが、本作の最もユニークなところは、
主人公の辰巳が死体処理の専門家であり、闘争術に長けたヒーローではないことだ。
その代わりに、守られる存在であるはずの葵が、暴力のプロではないにも関わらず、獣のような気性の荒さと激しい復讐心に任せて、泥臭く人を殺していく意外性。
つまり「 レオン 」におけるレオンとマチルダの関係性とは真逆になっている。
そういう意味では、大きな物語構造こそ「 レオン 」だが、2人の関係性に注目するなら「 マッドマックス 怒りのデス・ロード 」(2015年)のマックスとフュリオサに近いかもしれない。
この人物設定の意外さが、ストーリー上の幾多の欠点を補って、興味を惹き続ける重要な要因となっている。
注目すべき2人の俳優
辰巳役の遠藤雄弥もいいが、本作のMVPは、葵を演じた森田想だ。
最初のうちは、思わずぶん殴りたくなるほどどうしようもない人間のクズだし、その後の言動もかなりとんでもないものだが、
それでもこのまま見捨ててはおけないという共感を見る者に抱かせる演技が圧倒的に上手い。
「 どう見てもあの美人のお姉ちゃんの妹じゃないだろう 」と言いたくなるブサカワな容貌が、次第にヒロインとしての輝きを帯びてくる様子は息を呑むほどだ。
もうひとり、後藤剛範の好演も特筆しておきたい。
この人はかなり前から演劇の舞台で見ていたが、昔はもっとムキムキで色が黒く、その歩く性器みたいな生々しさが気持ち悪くて仕方なかった(でも気持ち悪すぎてつい見入ってしまう)。
そのうち映像でもよく見かけるようになったが、印象はさほど変わらず。
ところが今回、いつにないほど大きな役でガッツリと見ると、驚くほどいい芝居をしている。
あの過剰なマッチョさはいい方向にヤスリをかけられ、汗臭い男臭さと人間らしい感情表現とユーモアが抜群のバランスで共存している。
これまでに見た彼のベスト演技だ。
手の平を返したかのようにファンになってしまいそうだ。