福岡を拠点に活動する映画作家・萱野孝幸の作品が東京でも公開され、秘かな人気を呼んだ。
美しくも謎めいたポスターの向こうに広がっているのは、古典的な幽霊譚と現代的な青春映画を組み合わせたユニークなホラーだった。
夜を越える旅
あらすじ
漫画家志望の春利は、大学を卒業しても夢を諦めきれず、同棲中の恋人の半ばヒモ状態。そんな後ろめたさから逃げ出すように、学生時代の友人たちと1泊2日の旅行に出かけるのだが、その最中、応募していた漫画賞の結果が落選だったことを知り自暴自棄になってしまう。そこへ、かつて思いを寄せていた小夜が遅れて合流してくるのだが、春利の微かな高揚感と淡い下心とは裏腹に、事態は思いも寄らない阿鼻叫喚の地獄へと転がり始めてゆく……。
公式サイトより引用
公開日
2022年10月21日
上映時間
81分
予告編
キャスト
- 萱野孝幸(監督)
- 高橋佳成
- 中村祐美子
- 青山貴史
- AYAKA
- 桜木洋平
- 井崎藍子
- 時松愛里
- 青木あつこ
- 荒木民雄
- 長谷川テツ
- あやんぬ
- 轟勇一郎
- 稲口マンゾ
- 有馬和博
- 加藤志津子
- にこにこぷんぷん
- 井口誠司
公式サイト
映画ファンのアンテナが感知した作品
劇場公開時から気になっていたのだが見逃した作品。
Amazonプライムビデオの見放題に入ったため、ようやく見ることができた。
監督も出演者も全く知らない人ばかり。
内容さえ「 何となくホラーらしい 」ということしか知らない作品を、なぜ見たいと思ったのか?
ずばり「 映画ファンとしての勘 」だ。
長年映画を見続けてきた自分のアンテナが、客観的な要素をすっ飛ばして、「 これは自分好みの映画に違いない 」と反応したわけだ。
低予算ホラーの新たな可能性を示す
ようやく見ることができた作品は、可も不可もあり、手放しには肯定できないものの、やはり面白かった。
拾いもの的な愛すべき佳作と言えよう。
永江二朗/宮本武史コンビによる「 きさらぎ駅 」や「 リゾートバイト 」とは違う方向性で、低予算ホラーの新たな可能性を切り開いた作品だと言える。
ストーリーは、日本の古典的な怪談にありそうな幽霊譚。
そのオーソドックスな怪異性と、現代的な青春映画としての要素が奇妙な融合を見せている点が見どころだ。
虚仮威し的なショック演出は最小限に抑え、雰囲気重視な点も好ましい。
特筆すべきは画面全体のルック。
日常的な風景の中に禍々しい存在が紛れ込んでいる描写や、朝とも夕暮れともつかない微妙なほの暗さが、それだけで「 逢魔時 」の怪しさを醸し出している。
昔のインディペンデント映画は、そういう部分があまりに貧乏臭く、現実世界の足枷から逃れることができなかったものだが、
デジタル技術の普及によって、これほどの低予算でも異界の雰囲気を表現しやすくなったようだ。
ただし無視できない欠点も
ただ、批評的な見方をするといろいろ言いたくなるのも事実だ。特に目立つ問題が3つある。
1つ目は、そういう雰囲気を狙ったにせよ、どこまでが現実でどこからが夢なのか分からなさすぎて、悪い意味で曖昧。
これは終盤に顕著だが、そもそも小夜がロッジに現れたあたりから矛盾だらけ。
怪異譚を全て理屈で割り切れるようにする必要はないが、幻想的なイメージだけで強引に引っ張っていくだけの腕力がないかぎり、ある程度の整合性がないとシラける。
本作は、その境界を微妙に見誤っている。
2つ目は、主人公のモラトリアム描写が、全体の構成から考えると長すぎる。
漫画家を志望しながらも作品を完成させられず、実質はヒモに甘んじている主人公の鬱屈は、それはそれとして悪くないのだが、後半の怪異譚とドラマ的にあまりうまく結びついていない。
あらすじにもあるように、賞の落選によって自暴自棄になり、ついあんな返事をしてしまったという流れなのだろうし、なぜ漫画家なのかという答えはラストで示されるものの、
あまりドラマ的な深みがあるとは言えず、テーマ的にもう少し後半の物語と深く関わってほしかった。
「 漫画家 」という要素はもっといろいろ生かしようがあったと思うのだが。
3つ目は、多くの俳優の演技が拙い。学生の自主映画のようだ。
具体的な演技や台詞回し以前に、観客を画面に引きつける魅力が著しく欠けている。
小夜役の中村祐美子が役にふさわしいオーラを発散していたため、ギリギリ何とかもったという感じだ。
ただその中で、わずかな登場シーンではあるが、謎の霊媒師コンビを演じた2人があまりにも演技らしからぬ演技で「 そういう芝居はありなのか? 」と軽い衝撃を受けた。
この2人、特に女性の方は一体何者なんだと調べたところ、「 あやんぬ 」という福岡中心に活躍する女優さんだと分かった。
なお同名のメイクコンサルタントや大食いYouTuberが人気らしいが、その人たちは別人。
下記のHPを見ると、映画の雰囲気とは似ても似つかぬ美人系の写真多数で、その化けっぷりに驚かされる。
地方を拠点とした商業映画という試み
エンドクレジットを見て「 おや? 」と思い、本作のHPを読んで納得したのだが、監督の萱野孝幸は福岡を拠点に映画を製作している人らしい。
本作も佐賀と福岡という北九州の2県で製作されたもので、すぐに東京の会社と分かる名前は配給会社など本当にごく一部だけだ。
役者やスタッフを全く知らなかったのも、九州を中心に活動している人たちで、東京ではほとんど名前を知られていないからだろう。
このように地方を拠点とした表現活動は、演劇ではめずらしくないが、商業映画の世界では稀なはずだ。
画面のルックでも触れたが、こういう活動がしやすくなったのもデジタル化の恩恵だろう。
何しろ現像関係のラボが要らなくなったのだから。
明確に書かれていないが、編集は全て個人のパソコン内でAdobe Premiereか何かを使って行われたものだろう。
先述の通り不満点もあるが、評価すべき点も多く、地方拠点の映画製作という可能性の面からも応援したくなる作品だ。
萱野孝幸監督をはじめとするスタッフ・キャストの今後の活躍に期待したい。