「 ひきこもり 」はHIKIKOMORIという言葉がそのまま世界共通語として使われる通り、日本に顕著な問題とされてきたが、現在 世界各地で同様の問題が起きている。
フランスでも増加するひきこもり。
その現状はどうなっているのか。
※ 本作は、アジアンドキュメンタリーズで配信されている作品です。
HIKIKOMORI フランス・日本
あらすじ
これまで「ひきこもり」は日本特有のものとされてきたが、もはや世界共通の社会問題として知られるようになっている。日本では「ひきこもり」が100万人を超える一方、フランスでは若年層が数万人いるとされ、家族を巻き込んで深刻化している。本作では、苦悩する本人や途方に暮れる親の証言、日本の事例を研究しながら解決の糸口を探ろうとするフランスの精神科医や支援者たち、さらにフランスの視点から垣間見た日本の現状を取材し、「ひきこもり」の背景にはどのような問題が隠されているのか、解決策はないのか、将来社会に与える影響などについて丹念に紐解いていくドキュメンタリー。
公式サイトより
公開日
2020年
原題
HIKIKOMORI:THE LOCKED GENERATION
上映時間
69分
予告編
キャスト
- ミカエル・ガニュ(監督)
- マチュー・レール(編集)
公式サイト
もはや世界共通のひきこもり
69分と短めだが、かなりハードなドキュメンタリーだ。
ひきこもる側の心理、それを心配する親などの心理…どちらもが理解できるため、見ていて非常につらいエピソードが多い。
ひきこもりは日本が発祥とされるが、最後の会議の様子でも分かる通り、今や全世界で見られる社会問題となっている。
この作品はフランスでのひきこもり問題を描いたフランス作品だが、後半ではひきこもりの先進国である日本での取材も行っている。
なぜか親和性が高い日本のサブカル
フランスのひきこもりの様相は、日本とそんなに変わるものではない。
ひきこもってしまった子ども、自分が死んだ後この子はどうなるのだろうと心配する親。
ひきこもりになる人は「 自由を得たと思ったが、やがて孤独に襲われた 」と語る。
世界から切り離されたような孤立感。
それを何とか救おうとする家族やNPOの人々…こういった構図は、日本でもフランスでも変わらない。
彼らがひきもりになるきっかけは性的虐待やいじめなど様々で、そこに発達障害やうつ病などの病気がからんでいるのか確認しようと精神科医が向かうが、まともにコミュニケーションを取ることさえ難しい人もいる。
興味深かったのは、1人のひきこもりの部屋が、日本のアニメや美少女フィギュアなどサブカル要素満載で、ネットの名前も日本語のカタカナで「 アエル 」と、日本的な要素に溢れていること。
日本のひきこもりには確かにこういうオタク的なイメージがあるが、フランスでも同様とは。
アニメをはじめとする日本のサブカルは、なぜこうもひきこもりと親和性が高いのか不思議になってくる。
受け入れがたいものを受容する家族の心理
ひきこもりの親が「 いろいろな段階を経験した。まず理解できない怒り。次にすぐに収まるという否認。(こうなったのは)何故なのかという落ち込み。それを経て次第に受け入れていくことになる 」と語る。
何かに似ているなと思ったら、キューブラー・ロスが死にゆく人の心理変化についてまとめた「 死の受容への五段階 」、すなわち「 否認と孤立 → 怒り → 取り引き → 抑うつ → 受容 」というプロセスだった。
少し順番は違うが、要素はおおむね同じで、受け入れがたいものを受け入れる人間の心理変化として、ロスが言う「 死の受容への五段階 」が信頼に足るものであることが分かる。
日本のひきこもりは最新調査で146万人
そのようなフランスのひきこもり状況も興味深いが、後半日本が舞台になると、やはり切実さの度合いが増す。
「 日本でひきこもりが生まれたのは30年以上前(つまり1980年代)、その数は現在100万人以上 」と語られるが、本作の製作年は2020年で、皆マスクをしていないので撮影は2019年だろう。
だがコロナ禍を経て、ひきこもりはさらに増えたはず…と調べたところ、2023年春に発表された内閣府調査で「 146万人 」という信じ難いような数字が出た。
ただ身内にもそれに近い人物がいるくらいなので、本当にそれくらいの数字になるのだろう。
ただし、ひきこもりにもさまざまなレベルがある。
最初の方で紹介されるのは、千葉の「 ニュースタート 」というNPO法人。
こちらは寮で共同生活を送り、仲間の料理を作ったり、職業訓練的なことを受けたりしている。
通常の社会コースからはみ出てしまったにせよ、寮生活を送れるくらいなので、いわゆるひきこもりのイメージとは少々違う。
メンタルの問題で社会生活に馴染めなくなった人たちの復帰を支援する施設という印象だ。
家族からのプレッシャー
ひきこもり歴34年になるという池井多という57歳の男性は非常に興味深い。
メンタルを病み、家族から捨てられて34年間ひとり暮らし。
話し方は明晰で、いかにも頭は良さそう。
見た目もきちんとしている。
しかし通常の就労は不可能で、生活保護を受けて暮らし、自分の生活についてネットで書いている。
部屋は何もないので綺麗。
僧侶のような生活だ。
検索すると現在もネット上で活躍していて、ひきこもり相談などに乗り、本まで出している。
その意味では、ひきこもり生活にかなり理想的な順応をした人物だと言えるが、通常の就労ができないことに変わりはない。
この人のメンタルが何故壊れたのかという話がかなりきつい。
母親が彼を自分の思い通りにしようとして、嫌がったりすると「 言うことを聞かないならお母さん死んでやるから 」と日常的に脅迫していたというのだ。
これはストレートな虐待よりもきつい。
こういうことを言い続けるタイプの母親に抑圧されていたら、メンタルを病むのも当然だと思う。
話を聞いているだけで頭痛がしてきた。
日本でひきこもりが多い理由として医師が語るのが「 家族からのプレシャーが大きく、自由な生き方ができない 」というもの。
池井氏はその典型的な例だろう。
雇用問題や学歴社会といった要素もナレーションで語られる。
しかし、家族からのプレッシャーが大きく、学歴社会ということなら韓国もでは?と思って調べたら、案の定あちらも大変なようだ。
こちらの文章は池井氏によるものだ。
末路としての孤独死
全編で最もきつかったのは孤独死の現場の特殊清掃だ。
特殊清掃に関しては、以前ネットに人気ブログがあって読んでいたので概要は理解していた。
しかし、凄まじい汚部屋と体液の染みついた床を映像で容赦なく見せられると、さすがに脳の中を糸鋸でゴリゴリと切られているような気分になる。
孤独死の圧倒的なリアル。
これは本当にきつい。
ここで描かれるのは「 ひきこもりの末の孤独死 」で、特殊清掃の方によれば非常に典型的なもののようだ。
しかし、ひとり暮らしのまま孤独死することは、特にひきこもりでなくても、子どもなどと一緒に住んでいないかぎり、誰にでも起こりうることだ。
結婚していても、パートナーに先立たれればひとり暮らしになる。
歳をとって仕事をしなくなれば、都会では2〜3日外に出なくても誰にも気づかれないことは多い。
昔のような家族制度が崩れた以上、これから孤独死は増える一方だろう。
つまりこれは、ひきこもりの人はもちろん、ひきこもりでない人にとってもありうる未来ということだ。
それだけにこのエピソードは果てしなくきつい。
この作品は氷山の一角
なお本作に出てくるひきこもり当事者は男性ばかりで、女性は最後に意外な形でちょっと登場するだけだ。
しかし先の内閣府調査のデータによれば、日本の40歳以上のひきこもりは女性の方が多い。
女性の方が男性以上に表に出たがらないのかもしれない。
つまりこの作品から受けるひきこもりのイメージは、氷山の一角に過ぎないということだ。
今は何の問題もなくても、家族や自分自身がうつ病などの理由で急にひきこもりになってしまう可能性もある。
そうなった時、どのような形で救いを求めるべきなのか。社会はどのような支援体制を整えておくべきなのか。
かなりきつい内容だが、それを考える材料として、誰もが見ておくべきドキュメンタリーだ。
文・ライター:ぼのぼの