イスラエル国内にあるパレスチナ自治区はガザだけではない。
ガザよりも大きな面積を占めるのがヨルダン川西岸地区だ。
しかし自治区と言いながらも、イスラエル側は違法な形でパレスチナ人の土地を次々と奪っていく。
それに対する抵抗活動の実情を、生活者の立場から描くドキュメンタリー。
※ 本作は、アジアンドキュメンタリーズで配信されている作品です。
壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び
あらすじ
ヨルダン川西岸地区のビリン村に住むイマードが撮影した、パレスチナ人たちの抵抗運動を記録した作品。イスラエルの入植地があちこちに造られ、パレスチナ人の土地が奪われていた。オリーブ摘みを生業としているイマードたちの土地に、イスラエルは分離壁を建設。裁判所が壁の撤去を命じても、兵士が壁の周囲に居座り、入植者たちからの嫌がらせも絶えない。イスラエル軍の催涙弾や発砲にも怯まず、壁の撤去を求めてデモを続ける住民たち。やがてビリン村は、世界中の抵抗運動の象徴とされ、活動家やメディアにとって格好のパフォーマンスの場になってしまう。何度も被弾し、カメラを壊されても撮影を続けたイマード。彼自身の視点で捉えた、闘争の真実がここにある。
公式サイトより
公開日
2011年(製作国:パレスチナ、イスラエル、フランス、オランダ)
原題
5 Broken Cameras
上映時間
90分
予告編
キャスト
- イマード・ブルナート(監督)
- ガイ・ダビディ(監督)
公式サイト
当事者視点に立ったドキュメンタリー
イマード・ブルナートは、途中でジャーナリストと名乗っているが、新聞記者など専業のジャーナリストではない。
当初は、多分趣味で手に入れたのであろうホームビデオで村のイベントや子ども成長を撮っているだけだった。
しかし身の回りの出来事にカメラを向けていく内に、必然的に抵抗運動を写すことになっていく。
つまりイスラエル人による土地の収奪は、彼らにとってごく日常的な現実だということだ。
イマードはカメラマンとしてはアマチュアに毛が生えた程度だし、カメラは00年代のプロ用ではないホームビデオ。
今見ると、画質などの面ではかなりツラいものがある。
しかしそこには「 自分の日常生活の中で目の前の事実を撮影している 」という強烈な当事者性があふれ、このドキュメンタリーを特別なものにしている。
5年間の劇的な変化
本作で描かれる時代は2005年から2010年までのほぼ5年間。
冒頭でイマードが「 4人の子どもたちはそれぞれ違った環境で生まれ育った 」と言うとおり、長男が生まれた1995年から、末っ子のジブリールが生まれた2005年までの10年間で、ヨルダン川西岸地区の状況は大きく変わった。
それは本作の撮影が始まった5年間も同様だ。もちろんほとんどの変化は悪い方向に向かっている。
前半の抗議活動は、時にユーモラスでさえある。
自分たちの土地にプレハブを建てられ勝手に占拠されたら、今度は夜中のうちに向こうの土地にプレハブを建てる。
すぐ撤去されるが、また建てる。
また撤去されたら、今度はコンクリートで建てる…という何かのコントみたいなやり取り。
そんな笑いも、イスラエル軍から実弾が平気で発射され、怪我人や死人がでるようになると消えて行く。
タイトルの「 5つのカメラ 」とは、撮影の過程で壊されたビデオカメラの台数のこと。
中には直接被弾したものもある。弾丸がカメラ内でストップしたことでイマードが命拾いしたケースさえある。
ある日突然「 ここは軍事閉鎖区域に指定されたので家を退去するように 」と命令され、銃弾や催涙ガスが当たり前のように飛び交うビリン村の日常に圧倒される。
イマードが直面する矛盾
撮影の途中で兄弟や友人が逮捕されるところもあるが、「 自分はすぐに助けに入るべきなのか?それとも撮影を続けるべきなのか?」というイマードの苦悩が伝わってくる。
すぐにでも助けに入りたいのは当然だが、イスラエル軍の暴虐を世界に伝えるためには撮影を続ける方が効果的だ。
もし自分がその状況に立たされたら、一体どちらを選択するだろう?
やがてイマードは車で分離壁に衝突する事故を起こし、重傷を負う。
その時の話が皮肉だ。
壁がなかったら起こらなかったであろう事故。
しかし壁と衝突したことでイスラエル側に運ばれたため、一命を取り留める。
「 もし(医療設備の乏しい)パレスチナ側に運ばれていたら助からなかった 」と語るイマード。
だが彼の入院中にガザ地区への大規模な空爆が始まる。
「 私の回復は暴力の海のひとしずくに過ぎない 」という言葉は、イスラエルへの怒りと憎しみ、しかし事故を起こした自分に手厚い治療を施してくれたことへの感謝が入り交じった複雑なものだろう。
もっともパレスチナ人の彼は、治療費をすべて自費で払わなくてはならないのだが…
奪われた子ども時代
撮影された2005〜2010年は、そのままイマードの息子ジブリールの5歳までの人生に該当する。
抵抗活動の仲間で、子どもたちに好かれていたフィールが撃ち殺された後、まだ3歳か4歳のジブリールは、子どもらしいたどたどしい口調で言う。
「 兵士をナイフで刺せばいいのに。何もしていない友達のフィールを殺したんだから 」
戦地は子どもたちの子どもらしい時間を急速に奪い去り、代わりに悲しみや憎しみの心を植えつけていく。
この負のスパイラルは、いつ、どんな形で終わるのだろうか。
文・ライター:ぼのぼの