文・ライター:リリヲ
日本の漢方と材料こそ被っているものが多いが、患者へのアプローチの仕方、その元となる考え方が大きく異なる中国漢方=中医学。
中国や周辺民族の宗教観、神話伝承と密接に絡み合いながら、受け継がれてきた中国漢方の可能性、そして現在とは?
4つの短編から成るドキュメンタリーシリーズです。
驚異の中国漢方
あらすじ
自然の恵みに 人の手が加わって生み出される驚異の漢方 漢方医たちが何世代にもわたって研究を続け その英知を受け継いできたのです 神話や信仰とつながる漢方の世界とは
(公式X(旧:Twitter)より引用)
予告編
公式サイト
なし
作品評価
- 映像
- 脚本
- キャスト
- 音楽(BGM)
- リピート度
- グロ度
- 総合評価
中国と日本の漢方の違い
筆者は両親の影響で、幼い頃から漢方に親しみ、今現在も漢方を4種類ほど毎日摂取している。
加えて、症状によって医師に組み合わせを変えてもらうなど、筆者にとって漢方は身近な存在である。
しかし、そんな筆者でも聞いたことのない漢方薬はまだまだ多く存在し、その原料となる生薬に至っては、
名前を聞いてもどこの国の何なのか全く見当が付かないものばかりだ。
広く一般的に子どもも飲める漢方として馴染みのある葛根湯の中身が、葛根(葛)以外の何で構成されているか知っている人がどれくらいいるだろうか。
だからこそ、自らの身体を助けてくれるスーパーハーブ=中国漢方について、もっと知りたい、
あわよくば、その中で自分には何が必要なのか学び、摂取調整を図りたい思いで、本作を鑑賞することにした。
しかし、私はシリーズ序盤で大きな勘違いをしていることに気付かされた。
導入でも書いたが、中国漢方と日本の漢方では患者へのアプローチの仕方が全く異なる。
中国漢方は中国の陰陽、気や血流の流れ、五臓六腑を中心とした臓腑学の理論をベースに、
個人の体質と病気の本質にアプローチしていくが、日本の漢方は西洋医学の薬と同じで症状から処方を決めていく。
中国漢方が日本に入る段階で、日本人向けに調整されてはいても基本は同じだと思っていた私には、このことがショックだった。
私は鍼灸で気やリンパを調整する治療も受けており多少の知識があるので、中国漢方のアプローチの仕方の方が、
症状だけでなく身体の根本から体質を改善していく=健康に近付くと知っているからだ。
現に作中で紹介される中国漢方は、竜血樹の樹脂、高麗人参、芡実(けんじつ)の実、枸杞(くこ)の実など血流や気の流れを調整するものが多く、
中国の整体、リンパマッサージなどと緊密な関係性を感じた。
また、日本人は自然の脅威は痛いほど知っているが、自然が私たちに与えてくれる恵みや治癒力については、少々疎い。
「 大地の恵みをいただく 」とよく表現されるが、これはあくまで大地から得られる食べ物を指すことが多い。
日本人は途方もない工程を経ないと食べられない蒟蒻や日本酒など、食べ物に対する探究心は世界でも類を見ない。
同じ意味で、普通には食べられない漢方の原料、草木だけでなく、動物の骨や角、貝殻までも自然から得られる最高の薬として活用する、
健康や長寿への探求心においては、中国に勝てる国はないのではないだろうか。
森林破壊による漢方存続の危機
あらゆる中国漢方のベースとなる中国最古の薬物書「 神農本草経 」
“ 神農 ”とは古代中国(中国四千年より古い!)の神で、自らの身体で身近な草木の薬効を調べ、
何度も毒にあたってはそのたびに薬草の力で蘇ったと言われているチャレンジャーな神様で、彼の功績により多くの民衆が救われたという。
漢方の原料にはそれぞれ伝説や守護精霊が宿っており、変身能力があり、人の声を聞くと逃げてしまう高麗人参や、
不老不死の薬と言われている霊芝(れいし)、“ 山の妖精 ”といわれる紅景天、守護精霊が宿る天麻など、
ヨーロッパの妖精伝承にも負けないファンタジックでロマンに満ちた魅惑的な物語があることも興味深かった。
しかし、そんな先人たちの英智の積み重ねである中国漢方は、今まさに危機を迎えているという。
中国の都市化が進み、森林破壊とともに漢方の原料を育てる土地が奪われ続けているのだ。
中国だけではない。
このまま世界中であらゆる自然が破壊され続ければ、自らを治す自然の恵みは失われ、人類を滅ぼしかねないとシリーズを通して制作陣は警鐘を鳴らしている。
長きにわたるパンデミック下で「 いつもの薬があれば症状緩和できるのに、葛根湯さえも在庫切れでセルフメディケーションすら行えない 」
と恐怖に支配されたあの経験だけは二度と繰り返したくない。
まとめ
中国は過去30年間で大きな経済的成長を遂げたが、その影響で空気汚染が進み、健康危機も増えた。
本作が制作された2017年の段階で、慢性的呼吸疾患は心臓疾患、糖尿病に次ぐ中国3大死因となっている。
もう漢方に頼るだけでは本当の意味での健康は手に入らない時代に突入したのではないか。
地球がもたらす限りある自然の恵みを尊び、地球と自らをセルフケアしながら、漢方の力を借り、健康に生きるのが
今の時代の漢方との向き合い方かもしれない。
湖北省で千年続く全真教寺院で教える漢方医のワン氏は、自然との対話には時間と忍耐と思いやりが求められ、
平穏の力は不屈の精神にこそ宿ると語っている。
これこそが数千年もの間、中国漢方が進化し続け、伝統を受け継ぎ、世界中で求められるまでに成長した秘訣なのではないだろうか。