「 千夜、一夜 」日本の年間行方不明者数は約8万人、絶望の果てにあるものとは
失踪した男の帰りを待つ女の物語。
そう聞けばいかにも地味で食指が動かないという人も多いだろう。
しかしこれがとんでもなく深い、人間が生きることの痛みを描いた物語だった。
千夜、一夜
あらすじ
北の離島の美しい港町。登美子の夫が突然姿を消してから30年の時が経った。彼はなぜいなくなったのか。生きているのかどうか、それすらわからない。漁師の春男が登美子に想いを寄せ続けるも、彼女は愛する人とのささやかな思い出を抱きしめながら、その帰りをずっと待っている。そんな登美子のもとに、2年前に失踪した夫を探す奈美が現れる。彼女は自分のなかで折り合いをつけ、前に進むために、夫が「いなくなった理由」を探していた。ある日、登美子は街中で偶然、失踪した奈美の夫・洋司を見かけて…。
公式サイトより引用
公開日
2022年10月7日
上映時間
126分
予告編
キャスト
- 久保田直(監督)
- 青木研次(脚本)
- 田中裕子
- 尾野真千子
- 安藤政信
- ダンカン
- 白石加代子
- 長内美那子
- 田島令子
- 山中崇
- 阿部進之介
- 田中要次
- 平泉成
- 小倉久寛
公式サイト
「 ある男 」とはコインの裏表のような関係
一言で言えば、失踪した夫の帰りを待つ女の物語だ。
「 ある日突然全ての生活を捨てて、どこかへ消えてしまう失踪者 」に元々強い関心があった上に、先日見たばかりの「 ある男 」とは「 失踪した者 / 失踪された者 」の物語という点で、コインの裏表のような関係だ。
これは見ずばなるまいと思って見たところ、準主役の奈美(尾野真千子)が「 帰化した在日三世 」という、「 ある男 」の妻夫木聡と全く同じ境遇であることにも驚かされた。
舞台が佐渡島ということもあって、最初のうちは「 北朝鮮の拉致 」という問題がやたらとクローズアップされる。
1980年代に新潟に行ったとき、上越に住んでいる人から「 夜あの港にいると北朝鮮に連れて行かれるんだよ 」という話を聞いたが、まだ拉致問題が表面化していない時代だったので「 この人は何を言っているのだろう? 」くらいにしか思わなかった。
今になってみれば、新潟の人たちは本当にそんな恐怖を身近に感じて生きていたのかと、改めて驚かされる。
ただこのあたりの問題も興味深くはあるが、特殊なケースであることは確かなので、そこに物語の力点が置かれているうちは「 面白いけれど、思っていたものとは少し違うかな 」という印象を抱いた。
人間のあらゆる思いを描くドラマ
ところが後半は、全ての登場人物の「 やり場のない思い 」を、普遍的なタッチで描いていく。
エンドクレジットを見るまですっかり忘れていたのだが、本作の脚本を書いたのは、あの名作「 いつか読書する日 」の青木研次だった。
田中裕子の生涯の代表作となる2本が、共にこの人のペンによるものだということも驚きだ。
本作で描かれるテーマをあえて言葉にすれば「 愛 」「 孤独 」「 人生 」…そんな抽象的な表現にならざるをえない。
映画の内容が抽象的なのではない。
そこで描かれる人々の思いが、あまりにも幅広く、複雑で繊細、そしてリアルであるが故に、どうしてもそのような大きめの言葉になってしまうのだ。
「 ある男 」との比較で言えば、撮影などの美学的な魅力やエンタテインメントとしての魅力では、あちらに一歩譲る。
しかし「 人間を描く 」という一点においては、こちらの方がより深く、よりリアルで、近年希に見るほどのレベルに達している。
絶望の果てにあるものは救い?それとも諦め?
物語は後半になるほど、どんどん切なさを増していく。
なぜ私たちの生活は、こんなにもつらく苦しいのか?
なぜ人は幸福を求めることで他人を傷付け、不幸と悲しみを再生産してしまうのか?
そのやるせなさが底に達するあたりは、同じ年に公開された「 PLAN 75 」にも匹敵する、地獄のような暗さだ。
だが全ての悲しみと苦しみが吐き出されたラスト。
たった1つの問題を除いて何も解決などしていないのに、そこには奇妙な明るさがある。
誰もがこれまで以上にやり切れぬ思いを抱えたまま生きていくし、まだまだ不幸な人生は続くというのに…。
それは「 明るさ 」と言うより「 透明さ 」なのかもしれない。
後半に登場人物たちがぶつけ合う本当に残酷極まりない台詞の数々。
しかしその果てには「 今まで見ないふりをしていた孤独や悲しみ 」が可視化されたことで生じる「 救い 」のようなものがある。
いや、それは「 救い 」ではなく、真実を正面から見つめたが故の「 諦念 」なのかもしれない。
「 あなたは夢の中で生きているだけよ 」と言われた登美子(田中裕子)。
彼女は、その夢を自覚し、「 夢の中に生きること 」を引き受けたかのように見える。
いい映画に見られる1つの要素として、「 映画が終わったあと、登場人物たちのその後の人生に思いを馳せてしまう 」という一項を挙げても、反対する人は少なかろう。
その点で言えば、本作は比類なき高みにあると言っていい。
年齢が少し気になるが、俳優たちは素晴らしい好演
ただ1つ気になったのは、役者の年齢だ。
田中裕子やダンカンの役は、設定を考えれば50代半ばといったところだろう。
しかし二人ともどう見ても60代半ばという感じで(実年齢は田中裕子67歳、ダンカン63歳)、見た目に関してはイマイチしっくりこない。
特に田中裕子はもう少し女としての艶と残り香がほしかったところだ。
とはいえ、年齢の問題を除けば田中裕子の演技は完璧だ。
ダンカンも尾野真千子も同様だし、安藤政信がまた実にいい味を出している。
そして本作のMVPはダンカンの母を演じる白石加代子だ。
まさか白石加代子に泣かされる日がくるとは夢にも思わなかった。
あの母親の思いが切なすぎる。