「 ソイレント・グリーン 」の映画情報・あらすじ・レビュー、過去のディストピアが映す現代のリアル

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ハリイ・ハリスンのSF小説「 人間がいっぱい 」を、

「 絞殺魔 」「 ミクロの決死圏 」「 トラ・トラ・トラ! 」などで知られるリチャード・フライシャー監督、

「ベン・ハー」「 十戒 」「猿の惑星」などの人気スター、チャールトン・ヘストン主演で映画化した1973年作品。

自然破壊と人口爆発によって生み出されたディストピア社会の描写は、半世紀後の観客の目に、どのように映るのか?

目次

ソイレント・グリーン

©Soylent Green

あらすじ

2022年、ニューヨークは人口超過密都市となった。人々は仕事も家も失い、電力の配給もマヒ状態。肉や野菜は希少品で、多くの市民は“究極の栄養食”を謳う新たな合成食品ソイレント・グリーンが配給されるのを待ちわびている。

この食品を生産するソイレント社の幹部が殺された事件を追う殺人課の刑事ソーンは、現場となった高級マンションの豪勢な生活に目を見張る。情報に通じた“人間ブック”こと、ソル・ロス老人の協力で捜査を続けるソーンだが、ソイレント・グリーンの秘密を知った老人の足は、公営安楽死施設「ホーム」へと向かっていた・・・。

彼を死に急がせたおぞましい真相とは何か。“ミラクルフード”の正体に勘づいたソーンにも、殺し屋たちの魔手が迫って来る。

(公式サイトより引用)

原題

Soylent Green

公開日

1973年6月9日(日本初公開)

2024年5月17日(デジタル・リマスター版)

上映時間

97分

予告編

キャスト

  • リチャード・フライシャー(監督)
  • チャールトン・ヘストン
  • リー・テイラー=ヤング
  • チャック・コナーズ
  • ジョセフ・コットン
  • ブロック・ピータース
  • ポーラ・ケリー
  • エドワード・G・ロビンソン

公式サイト

ソイレント・グリーン

ディストピア描写は「 ブレードランナー 」の先駆

©Soylent Green

本作は、1978年にゴールデン洋画劇場で見て、強く印象に残った作品だ。

公害で自然が壊滅的な打撃を受け、爆発的な人口増加で人々が食糧不足にあえぐニューヨークの描写は、当時としては斬新な表現だった。

そのようなディストピア描写について言えば、「 ブレードランナー 」(1982)のプロトタイプだったとさえ言える。

ちなみにハリスンの原作「 人間がいっぱい 」は1966年出版、フィリップ・K・ディックの「 アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 」は1968年出版なので、

ひょっとすると原作にも同様の関係があるのかもしれない(ハリスンの方は未読なので正確には分からないが)。

だが1980年代以降は、描かれた未来予測が大分違うものになったせいもあってか、本作が話題に上がることはほとんどなく、映画史の中で忘れられた作品となっていた。

それだけに、2024年になって唐突にデジタルリマスター版のリバイバル公開が行われたのはかなりの驚きだった。

今見ると、映画としてはユルユル

40数年ぶりの再見、劇場では初めてとなる鑑賞。

しかしその結果は…驚くほどユルい作りで、前半は居眠りしそうになった。

文明が崩壊しかかった世界の全体像は不明瞭で、特撮らしい特撮がほとんどないためスケール感に欠ける。

何よりの問題は、リチャード・フライシャーの演出にメリハリがなく、わずか97分とは思えぬほど語り口が冗長な点だ。

その上、殺伐としたディストピアを描いているため、映像が地味でくすんだ色ばかりなので、見ていてますます眠くなる。

ただ、それがあのヴィヴァルディの「 四季 」が流れるシーンを余計に際立たせているのも事実で、

あのシーンを見たときには、40数年前の衝撃が蘇った。

そこからラストまでは退屈せずに見ていられるのだが、それを勘案しても前半のユルさは無視できないものがある。

やはり1970年代のSF映画を今見ると、こんなものだろう。

1968年に「 2001年宇宙の旅 」「 猿の惑星 」というエポックメイキングな2作品が生まれたものの、

まだまだSF映画はSF映画というだけでB級扱いされていた時代だ。

SF映画がハリウッド大作のメインストリームに躍り出るのは

スター・ウォーズ 」(1977)、「 未知との遭遇 」(1977)、「 エイリアン 」(1979)を経て

「 E.T. 」(1982)が登場する頃まで待たなくてはならない。

1970年代前半に作られたSF映画は、特撮技術の問題もあって、今の目から見るとまだまだ稚拙な作品が多い。

だが、その未来像には無視できないものが

しかし、そのような完成度の低さをもって、本作を駄作の一言で片付けられないのも確かだ。

物語の舞台は2022年、映画の製作時からすればおよそ半世紀未来だが、今の時点ではもはや2年過去。

そこで描かれたディストピアが、少なくともアメリカにおいては全く当たっておらず、

日本をはじめ多くの先進国では、むしろ人口の減少が大きな社会問題となっているのは皮肉な話だ。

しかし自然の消滅、食料資源の枯渇については、これほど酷くはないにせよ、今も予断を許さない状況にある。

幸いバイオ技術の発達によって穀物などが増産されたため目前の危機は脱しているが、世界的に見れば供給に偏りはあるし、安全性にも懸念が残る。

そして魚類など海の食料資源は激減している。

この映画のディストピアよりはマシだからといって、安心していられる状況ではない。

貧富の差の拡大や気候変動は見事に的中

さらに驚くべきは、この映画で描かれたものとは形こそ違うものの、先進国における貧富の拡大は見事に当たっている。

特権階級が人間を” 家具 “として家に置く光景も、わずかな資源を争って暴動が起きる様も、カリカチュアとして見るなら、ほぼ2024年の現実そのままだ。

何よりも、現実の世界では「 映画ほど極端な人口爆発と深刻な食糧危機が起きなかったにもかかわらず、貧富の拡大が進んだ 」という点…これは真剣に振り返っていい部分だ。

見始めた当初は「 随分大きく未来予想が外れたな 」と思ったのだが、見ていくうちに

「 現実の世界も、本質的にはこのディストピアとあまり変わらないのでは? 」と思えてくる。

その恐さを味わうだけでも、この半世紀前のSF映画を見直す価値はある。

もう一つ非常に興味深かったのは、気候変動によって気温が非常に高くなり、自然破壊が進んだという話。

これも現実そのままだ。

しかしヘストンの台詞「 (夜なのに)まだ30℃ある 」って…ちょっと待て。

それって今の日本では、夏はごく当たり前のことだぞ(笑)

そんな気温にも負けず生き抜いている人類(というか日本人)は、昔のSF作家が考える以上に生命力の強い生き物なのかもしれない。

「 フレンチ・コネクション 」や「 ダーティハリー 」からの影響

他にも非常に興味深い点がある。

この映画の主役であるソーン(チャールトン・ヘストン)は刑事なのだが、本当にダーティな男で、

現場検証の際は、金持ちの家から酒や食い物を好き勝手に持っていく。

その後の捜査でも、役得で女(家具)を抱き、工場への侵入がバレると、ごく普通の作業員を躊躇なく殺すという、とんでもないクズだ。

これは、共に1971年に製作された「 フレンチ・コネクション 」のポパイや「 ダーティハリー 」のハリー・キャラハンといった

新時代の刑事像の影響を受けたものではなかろうか。

しかもダーティ一辺倒ではなく、妙なところで熱い倫理観を持っている分裂ぶりがまた面白い。

チャールトン・ヘストンとは何者だったのか

チャールトン・ヘストンは、「 十戒 」(1956)「 ベン・ハー 」(1959)「エル・シド」(1961)のような史劇大作で

偉大な人物を演じて一時代を築き上げた大スターだ。

しかもその手の映画が廃れると、本作や「 猿の惑星 」(1968)「 地球最後の男オメガマン 」(1971)のようなSF映画、

そして「 大地震 」(1974)「 エアポート’75 」(1974)などのパニック映画と、

意外なほど小器用に流行りのジャンルで活躍し、70年代まで息長くトップスターとして君臨する。

面白いのは、とりわけ「 猿の惑星 」やこの「 ソイレント・グリーン 」などで、主人公ではあるものの、

清廉潔白にはほど遠いダーティなキャラクターを平然と演じていることだ。

1950〜60年代前半の作品で演じたキャラも、宗教的な頑迷さや狂気を感じさせるものが多く、その点はグレゴリー・ペックなどと大きく違っていたが、

それにしても1960年代後半〜70年代前半の作品でのダーティぶりはかなり振り切ったものだ。

晩年のヘストンは全米ライフル協会の会長に就任。

頑迷な保守主義者の正体を現して晩節を汚したのは、マイケル・ムーアの「 ボウリング・フォー・コロンバイン 」に描かれた通りだ。

彼の私生活についてあまり詳しくはないが、実は本作のようなダークサイドにまみれたキャラクターの方が、

彼の実像に近いものだったのかも…と思ったりする。

ヘストンの魅力は納谷悟朗の吹替で倍増される

そしてチャールトン・ヘストンといえば、ある世代の人々にとっては、アラン・ドロンなどと並び「 テレビ洋画劇場のスター 」という印象が強い。

そこで常にヘストンの声を吹き替えていたのが、「 ルパン三世 」の銭形警部でもお馴染み、納谷悟朗だ。

ヘストンの代表作「 ベン・ハー 」「 十戒 」「 猿の惑星 」などは劇場でも見ているが、それでもなお、

ヘストンというと思い浮かんでくるのは、本人の声ではなく納谷悟朗の声だ。

「 チャールトン・ヘストン本人よりもチャールトン・ヘストンらしい声 」…今回見た 「 ソイレント・グリーン 」でも、

ヘストン本人の台詞回しはいささかぶっきらぼうで、40数年前に一度見たきりの納谷悟朗の吹替の方が未だに印象に残っている。

本作を劇場で見直して一番物足りなく感じたのは、その点かもしれない。

意外なところでカルト人気が?

最後に余談になるが、筆者は2006年に、今はなきベニサン・ピットでtptプロデュースの

「 皆に伝えよ!ソイレント・グリーンは人肉だと 」という演劇を見たことがある。

作・演出はドイツ人のルネ・ポレシュだが、日本人の出演による翻訳劇。

木内みどり、中川安奈に加え、改めて調べると、当時はまだ駆け出しの新人だった長谷川博己も出ていたことに驚かされる。

この芝居のタイトルで久しぶりに「 ソイレント・グリーン 」という言葉を聞き、やはりあの映画に衝撃を受けたのは自分だけではなかったのだなと思ったものだ。

それだけからこそ見に行ったのだが、悪い意味で前衛的な、非常につまらない芝居だった。

そもそもタイトルが、映画の完全ネタバレというのが…(笑)

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