イギリスの権威ある映画雑誌・Sight & Sound誌が10年に一度発表している、The Greatest Films of All Time。
最新の2022年版で、「 2001年宇宙の旅 」に続いて史上最も偉大な映画の第7位にランクされたのは、「 Beau Travail 」という初めて聞く作品だった。
1998年に製作された、日本未公開のフランス映画。
そのランキングの発表から2年後、製作から26年が経った2024年、「 美しき仕事 」というタイトルで、ついに日本での公開が実現することになった。
TOP10作品で唯一日本未公開だった謎の映画は、一体どんな作品だったのか?
美しき仕事
あらすじ
仏・マルセイユの自宅で回想録を執筆しているガルー。かつて外国人部隊所属の上級曹長だった彼は、アフリカのジブチに駐留していた。暑く乾いた土地で過ごすなか、いつしかガルーは上官であるフォレスティエに憧れともつかぬ思いを抱いていく。そこへ新兵のサンタンが部隊へやってくる。サンタンはその社交的な性格でたちまち人気者となり、ガルーは彼に対して嫉妬と羨望の入り混じった感情を募らせ、やがて彼を破滅させたいと願うように。ある時、部隊内のトラブルの原因を作ったサンタンに、遠方から一人で歩いて帰隊するように命じたガルーだったが、サンタンが途中で行方不明となる。ガルーはその責任を負わされ、本国へ送還されたうえで軍法会議にかけられてしまう…。
(公式サイトより引用)
原題
Beau Travail
公開日
2024年5月31日
上映時間
93分
予告編
キャスト
- クレール・ドゥニ(監督)
- ドニ・ラヴァン
- ミシェル・シュボール
- グレゴワール・コラン
- リシャール・クルセ
- ニコラ・デュボシェル
公式サイト
映画史上の第7位?ならば見ないわけにもいくまい
監督のクレール・ドゥニは、「 パリ、18区、夜。 」(1994)が比較的知られているようだが、その作品を含め筆者は1本も見ていない。
出てくるのは、坊主頭で半裸の男ばかり。
レオス・カラックス作品でお馴染みのドニ・ラヴァン以外、1人も知っている俳優がいない。
カンヌやヴェネツィアでの受賞といった金看板もない。
普通ならスルーしてしまう映画だ。
それを見た理由はただ1つ。
Sight & Sound誌のThe Greatest Films of All Timeで第7位に選ばれていたからだ。
年間の第7位ではなく、120年以上に及ぶ映画史上の第7位だ。
Sight & Sound誌は、アート志向の強い、かなりクセのあるセレクションをするが、
それほど上位に選ばれる作品が箸にも棒にもかからぬものであるはずはない。
自分の好みと食い違うことはあっても、何らかの形で見る価値がある作品だろうと思ったのだ。
しかし予告編を見ても、ピンと来るものがない。
さてどうしたものかと思っているうちに公開が終わってしまったのだが、名画座にかかったため、ようやく見ることができた。
とっつきにくいストーリーテリングは北野武映画の影響か
最初のうちは、予告編を見てピンと来なかった通り。
美的に惹かれる部分は少ないし、ストーリーテリングもとっつきにくいため、いささか眠くなった。
アフリカのジブチに駐留する外人部隊の日常をスケッチのように描いた作品だが、
たとえば1つのエピソードのうち、起承転結の起承を抜いて転結だけ見せる、あるいは承転を省いて起と結だけ見せるような、
いかにもアーティスティックな語り口なので、能動的に接していないと、何が起きているのかもよく分からなくなる。
ただ、このような映画話法は、1990年代の最も先鋭的だった頃の北野武映画に通じるもの。
もちろん同様の話法はヨーロッパのアートフィルムにも多いが、当時フランスで北野映画が絶大な評価を受けていたことや、作品の雰囲気から言っても、
「 あの夏、いちばん静かな海。 」(1991)「 ソナチネ 」(1993)などから影響を受けた部分があるのでは?とも思った。
過去の亡霊のような外人部隊
かようにとっつきにくい話法ではあるのだが、しばらく見ていれば慣れてくる。
すると最初の評価が180度逆転。
冒頭まで遡って全てが素晴らしく感じられ、最終的には悪夢のように印象的な作品となった。
一体何がそれほど魅力的だったのか。
舞台は製作時の現代、つまり1990年代らしい。
そんな時代に、植民地主義時代のイメージが強いフランス外人部隊が、まだ存在していること自体が驚きだが、
調べてみると2024年現在も立派に存続しているようだ。
そしてジブチに駐屯する本作の外人部隊は、まさしく過去の亡霊のごとく、何者と戦うのかも分からぬまま、
黄泉の国としか思えぬ荒野で過酷な日々を過ごす。
上官まで含めても総勢20名に満たない小さな部隊。
戦闘訓練はするが戦闘そのものはなく、訓練以外は穴掘り仕事のようなことばかり。
その姿は、戦闘マシンとして訓練されながら、ついに戦闘の機会を与えられないことで人間性を破壊されていく兵士たちの姿を描いた
「 ジャーヘッド 」(2005)を思わせるものがある。
過去も未来もない煉獄にて
異端の作品であるジャーヘッドは別だが、他のアメリカ映画の軍隊ものと本作との間には著しい違いがある。
これだけ過酷な訓練を描きながら、そこに成長や達成という雰囲気が全く感じられないことだ。
ただでさえ、他に行き場がない者たちの吹き溜まりとされる外人部隊。
過去を感じさせない彼らは、同時に未来も感じさせない。
そんな彼らが、何と戦うのかもよく分からぬまま厳しい訓練を続ける姿は、まさに賽の河原の石積みのようだ。
いや、フランスだから、シーシュポスの岩に例えた方が適切か。
それがますますこの映画を黄泉の国の出来事のように見せる。
こちらもキリスト教的に例えるなら、煉獄そのものだ。
ただし決定的に違うのは、本来の煉獄が天国へ行く前段階であるのに対し、
ここは「 永遠に煉獄に留まるか、地獄へ行くか 」その2つしかイメージできないことだ。
「 戦場のメリークリスマス 」との親和性
その煉獄で展開されるドラマだが、あらすじとしては、公式HPに書かれている内容がほとんどだ。
しかしこれだけ読んでも、本作のよさはほとんど伝わらない。
やはりこれはストーリーや台詞ではなく、映像を読み取り、感じ取る作品なのだ。
よく分からないのは、ガルー(ドニ・ラヴァン)がなぜサンタン(グレゴワール・コラン)をあれほど憎むのかだ。
サンタンは決して「 アマデウス 」(1984)のモーツァルトのようなキャラクターではなく、
あらすじに書かれたように、周りの注目を一身に集める存在にも見えなかった。
むしろガルーはサンタンに対して屈折した憧れを抱き、その裏返しとして彼を破滅させようとしているかのように見えた。
そこにはホモセクシュアルな動機もあるかもしれない。
そのような関係性は「 戦場のメリークリスマス 」(1983)を彷彿とさせるもので、サンタンはセリアズ(デヴィッド・ボウイ)とロレンス(トム・コンティ)を、
ガルーはヨノイ(坂本龍一)とハラ(ビートたけし)を混ぜ合わせたキャラクターのように見える。
製作年から考えても、実際に影響を受けた部分があるのではなかろうか。
さらに終盤はニコラス・ローグの名作「 美しき冒険旅行 」(1971)を思わせる展開となり、息を呑む。
ここはネタバレになりすぎるので、詳しくは語るまい。
彼らは何のために踊るのか
なお、多くの人がラストのダンスを絶賛しているし、実際その解放感と映画的躍動感は素晴らしいものだが、
なにぶん踊る人がドニ・ラヴァンなので、「 汚れた血 」(1986)に対するオマージュまたはパロディに見えてしまうのは致し方ない。
あのシーンは映画本編から少し離れたアンコールタイムのようなもので、あれをもって本作を絶賛するのは少し違うように思える。
ただし部隊の訓練は、過酷そうではあるが、軍隊の訓練と聞いてイメージするような汗臭いものではなく、
まるでコンテンポラリーダンスのような美しさで描かれていて、本作が身体運動の美に重点を置いていることは間違いない。
しかしそれらのダンスは全て観客がいない場所で孤独に行われる。
彼らは一体何のために、そして誰のために、このような美しい運動をしているのか?
そこには” 美 “は存在するが、奇妙なほど” 生産性 “が感じられない。
その不思議さと虚しさが、ますますこの物語を煉獄での出来事のように見せている。
見る前はさほど大きな期待はしていなかったのだが、本当に見逃さなくてよかった。
それこそ、美しき冒険旅行などと同じく、自分のオールタイムベストの上位には入らないが、
通常のベストとは少し違うポジションで強く印象に残り、いつまでも輝きを放つ作品となりそうだ。