「 自主映画で2時間超え!? 」
寝てしまうのではないかという不安を抱きながら、映画を見た。
翌日、会う人会う人にその作品を勧めてまわった。
時代劇好きならば、「 時代劇好きでよかった 」と思うだろう。
映画好きならば、「 映画好きでよかった 」と思うだろう。
どちらにも当てはまらない場合は、「 日本に生まれてよかった 」と思うだろう。
そんな映画だ、「 侍タイムスリッパー 」は。
侍タイムスリッパー

あらすじ
時は幕末、京の夜。会津藩士高坂新左衛門は暗闇に身を潜めていた。「長州藩士を討て」と家老じきじきの密命である。名乗り合い両者が刃を交えた刹那、落雷が轟いた。
やがて眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。新左衛門は行く先々で騒ぎを起こしながら、守ろうとした江戸幕府がとうの昔に滅んだと知り愕然となる。一度は死を覚悟したものの心優しい人々に助けられ少しずつ元気を取り戻していく。
やがて「我が身を立てられるのはこれのみ」と刀を握り締め、新左衛門は磨き上げた剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として生きていくため撮影所の門を叩くのであった。(公式サイトより引用)
公開日
2024年8月17日
上映時間
131分
予告編
キャスト
- 安田淳一(監督、脚本、撮影)
- 山口馬木也
- 冨家ノリマサ
- 沙倉ゆうの
- 峰蘭太郎
- 紅萬子
- 福田善晴
- 井上肇
- 田村ツトム
- 安藤彰則
- 庄野﨑謙
公式サイト
作品評価
- 映像
- 脚本
- キャスト
- 音楽
- リピート度
- グロ度
- 総合評価
山口馬木也を起用してくれてありがとう

まず、主人公である「 現代にタイムスリップしてきた謹厳実直な侍 」役を山口馬木也にオファーした時点で、この作品の成功は約束されたようなものだ。
どこからどう見ても江戸時代の人である。こんなにちょんまげが似合う現代人はいない。
本業は米農家である安田淳一監督は、本作の制作のために私財を投げ打ち、貯金残高は7,000円になったという。
山口馬木也のギャラだけで、結構な額が飛んでいったことだろう。
だが、もし、そこをケチって、無名かつあまり上手ではない役者が主人公を演じていたら。
本作はここまでヒットしただろうか。
筆者も昔、小劇場演劇や自主映画の世界に片足を突っ込んでいたことがある。
いい芝居や映画を見る度に、「 この作品、上手で華のある役者さんがやったら、もっと面白かったんだろうな…… 」と、歯痒い思いをした。
ありがとう、安田監督。ギャラをケチらないでくれて。
ありがとう、山口馬木也。男気を見せてくれて。
高坂新左衛門の感受性及び地頭のよさ
古今東西、主人公が過去もしくは未来にタイムスリップして、カルチャーギャップにてんてこまいするという類のコメディは、ごまんとある。
もちろん、本作の主人公・高坂新左衛門もてんてこまいはする。
だが、この作品が描かんとするところは、そんなカビの生えたような笑いではない。
新左衛門がイチゴのショートケーキを食べ、そのあまりのうまさに驚くシーンがある。
本来ただの「 ひと笑い 」で終わってもいいシーンだが、新左衛門は静かに涙を流す。
「 このようなうまい菓子を、誰もが普通に食せるようになったとは……。日の本は、ほんに豊かな国になったんでがんすなぁ…… 」
見ているこちらももらい泣きするシーンだが、この時点で、映画が始まって30分ほどである。
素朴な田舎侍然とした新左衛門だが、おそらく相当地頭はいい。
「 今いる世界は徳川幕府滅亡から140年たった未来 」であることを、既に受け入れて理解している。
だからこそ、自分自身のスキルを生かしてこの世界で生きていくために、「 斬られ役 」という生き方を必然的に選ぶ。
生き続ける福本清三の魂
斬られ役の師匠・関本役は、当初福本清三が務める予定だったという。
福本清三といえば、時代劇における「 海老反り斬られ 」が有名だ。
また、「 仁義なき戦い 広島死闘篇 」において、北大路欣也にマグナムで撃たれ、「 座った状態からバク宙で吹っ飛ぶ 」シーンが、強烈すぎて忘れられない。
冷静に考えたら絶対にそんな吹っ飛び方しないだろうと思うのだが、細かい理屈は超越した地平にいたのだ、清三先生は。
作中でも、新左衛門がしっかり「 海老反り斬られ 」を受け継いでいる。
また、拳銃で撃たれた際のなかなか死なないクドさも、清三先生を彷彿とさせた。
殺陣の稽古に垣間見える、サムライ性
2021年に亡くなった清三先生の代わりに関本役を務めたのは、峰蘭太郎である。
東映剣会における、清三先生の後輩に当たる。
この方も、時代劇及び東映ヤクザ映画で何度も何度も見たお方だ。
この関本と新左衛門の殺陣の稽古シーンが、またしみじみといい。
実戦仕込みの新左衛門の太刀筋では、周りの演者を傷つける恐れがある。
そのことを注意された新左衛門は、「 なるほど~…… 」と、深く納得する。
「 いや、実戦ならこの方が…… 」とか、いちいち言い返さない新左衛門の素直さ及び適応力。
このあたりが、凡百のタイムスリップ物の主人公とは一線を画すところだ。
……と思っていたが、最後は新左衛門が斬られる段取りの殺陣を何回稽古しても新左衛門が斬ってしまうシーン。
ノリツッコミ的に何度も斬られ、そのたびに断末魔を演じる関本に笑ってしまう。
だが、現代に馴染んだように見えて、やっぱり新左衛門の「 根は侍である 」ということを、暗示している。
後半の怒涛の面白さ
現代社会に馴染んでいき、斬られ役としても認められつつあった新左衛門。
物語はこのまま収束するのかと思わせておいての後半の急展開には、思わず背筋が伸びた。
時代劇の大スター・風見恭一郎(冨家ノリマサ)の登場、及び新左衛門との驚きの関係性。
それまで筆者は、椅子に深く腰掛け、穏やかに幸せな気持ちで「 あ~面白いな~…… 」といったテンションで、スクリーンを眺めていた。
だが、風見恭一郎が登場してからは、「 面白い面白い面白い!! 」と前のめりになり、ポップコーンとコーラを少しこぼした。
ここから物語は急速に面白くなるし、浜村淳なら全て話すところだろう。
だが、未見の方にもぜひあの前のめりの感動を味わってもらいたいので、筆者は話さない。
まとめ
ただ、一つだけ。
やたら物分かりがよく現代に馴染むなぁと思わせていた新左衛門だが、やはり「 根は侍 」のままであった。
侍としての矜持を、失ってはいなかった。
笑えて、泣けて、最後には思い切り熱くなる。
当初は池袋シネマ・ロサ1館のみの上映だった本作だが、今や全国100館以上の劇場で公開されている。
一刻も早く見に行ってもらいたい。
筆者は、後半のネタバレを話したくて仕方ないのだ。

文・ライター:ハシマトシヒロ