「 ねえ、マミー。宇宙の膨張説を聞いてくれない? 」と主人公のジェイソンが言う。
「 お願い、明日にして 」と母。
「 明日になるまであと20時間3分だ 」
このように「 思い立ったら即行動 」の我が子に振り回される親は多いのではないだろうか?
あなたなら、膨張説を聞きますか?無視して寝ますか?
ぼくとパパ、約束の週末
あらすじ
特別な感性を持つジェイソンは、幼い頃から自閉症と診断されていた。生活に独自のルーティンとルールがあり、それらが守られないとパニックを起こしてしまう。ある日、クラスメイトから好きなサッカーチームを聞かれたのに答えることができなかったジェイソンは、56チームぜんぶを自分の目で見て好きなチームを決めたいと家族の前で言い出す。こうして、ドイツ中のスタジアムを巡る約束をしたパパとの週末の週末の旅が始まった。強いこだわりを持つジェイソンは、果たして推しチームを見つけることが出来るのか?
(公式サイトより引用)
原題
Wochenendrebellen
公開日
2024年11月15日
上映時間
109分
予告編
キャスト
- マルク・ローテムント(監督)
- フロリアン・ダービト・フィッツ
- セシリオ・アンドレセン
- アイリン・テツェル
- ヨアヒム・クロール
- ペトラ・マリー・カミーン
公式サイト
作品評価
- 映像
- 脚本
- キャスト
- 音楽
- リピート度
- 総合評価
息子を理解し、世間と戦う強き母
ジェイソンは自閉症だ。自分のルールがある。それが壊れるとパニックに陥る。
ある日、母と共にバス停に行くと、ジェイソンは叫んだ。
「 そこは僕の席だ!! 」右から3番目の彼の指定席に先客がいた。
しかし、そんなことを言っても、座っている中年女性には伝わらない。
「 他に空いてる席があるわよ 」と隣席を勧める女性に、ジェイソンはパニックになり、その場で暴れ出す。
感情をコントロールできないのだ。
「 お願い、50cmでいいの、少しずれてくださらない? 」と頼む母親に女性は応じない。
興奮が収まらないジェイソンに、母は焦り「 この子は自閉症なの! 」と叫んでしまう。
中年女性は「 話題の病名で何様のつもり? 」と言う。
怒りと悲しみの形相で訴える母親の表情が筆者の胸をえぐった。
あのとき、謝らずに理解を促せば解決しただろうか
このバス停のシーンから、筆者にとってこの物語は他人事ではなくなった。
(あのとき、どうして私は息子を守ってやれなかったのか。この母のように世間の偏見に真っ向から戦えばよかった)
筆者にはジェイソンと同い年の息子がいる。自閉症ではない。だが似たような傾向がある。
ある日、息子と電車に乗っていたとき、彼が吊革に掴まった。
ギリギリ掴まることができたので、上半身は前の席の人にぶつかりそうだった。私はドキドキしてきた。
必死で息子を吊革から降ろそうとしたが「 どうして?やっと掴まれるようになったことをママに知ってほしいんだ。前の人にはぶつかっていないよ 」と、息子は人や物との距離感を計るのが苦手なのだ。
息子は吊革から手を離さない。
案の定、前の席の中年女性から「 電車はね、公共の乗り物。遊ぶところではないということを、親がしっかり教えなさい 」と強く叱責された。
私は黙って頭を下げて、何度もすみませんと謝った。息子はその中年女性に怒りの視線を浴びせた。
「 なんて子なの?自分が悪いのに私を睨んで 」満員電車の中、動くことができずに息子を抱きしめて、次の駅まで私は泣いていた。
そんな過去の自分がフラッシュバックすると、この物語に一気に吸い込まれた。
何度もこのような「 理解されない 」シーンと「 それに耐える親 」のエピソードが出てくる。
生きづらさを抱えた子を育てるのは本当に大変で、毎日逃げ出したくなる。
実際、作中でこんなに強い母親が「 私にはあの子を育てる自信がない、愛しているのに 」と吐露する場面がある。
筆者も何度、同じことを思ったことか。
印象に残る数々の台詞
この後、父と息子は週末にサッカーの推しチームを探す旅に出る。それがメインの物語だ。
我が子もそうだが、このような特性を持った子は凝り出すと止まらない。
徹底的に納得するまで探る。それは年齢以上の知識で周囲を困らせることにも繋がる。
だが、夢中になれるものがあると一気に成長していく。それは本当に「 一気に 」なのだ。
週末の約束を守るために奮闘する父親の姿に、おそらく普通の人なら感動するだろう。
しかし、私は感動はしなかった。共感が強かった。
そして、「 息子を幸せにしてやりたい、それだけです 」と辞表を出す父親に対し、彼の上司があまりにも理解がありすぎて「 現実はそんなものじゃない 」と突っ込みを入れたくなった。
それでも短い言葉のいくつもの台詞が、私のメモに残されている。
「 許すことを知らないだけなの 」
「 お前といるより仕事している方が楽だ! 」
「 あの子の人生はエレベーターの中。僕たちにできるのは一緒に乗ること 」
などなど。
父が守り続けた約束の中で、ジェイソンは自分の苦手なことを克服し、柔軟性も身に付けていく。
ラストシーンでジェイソンが自分の特性についてクラスメイトに話すシーンは、正直、非現実的だ。
日本ではレッテルを貼られるだけだからだ。
それでも、こんな風に自分の特性を言える、それを理解してもらえる世界になるように、と希望を持たせる終わり方だった。
さて、冒頭での問い、母親はもちろん、明け方まで宇宙の膨張説を聞いていました。
今の私は?
息子のような特性を持った子の存在を知らせるために、世の中の理解を促すためにライターになりました。
今も隣で、「 坂の上の雲 」の台詞を丸暗記して一人芝居している息子を横眼に、拍手をしてはパソコンカチャカチャ、適当に「 いいねいいね、その後は? 」と話しかけてはパソコンカチャチャ。
肩の力を抜いて息子と向き合えるようになりました。もちろん、膨張説も聞く覚悟です。
これを読んだあなたにも知ってほしい。
わがままではない。躾をしていないわけでもない。親は必死だ。
持って生まれた特性を理解しながら世間と折り合いをつけて生きている家族が、今も一定の割合でいることを知ってください。
あなたの周りにも必ずいます。
彼らは「 変な子 」ではない。ただ、人と視点が違うだけなのです。
この映画を見れば、あなたの世界が広がります。
彼らはあなたが知りえないことを教えてくれるからです。
文・ライター:栗秋美穂