ポスターの「 僕は、生きて、家に帰る 」という言葉が印象的で、予告編などに流れる「 発禁の書 」「 途中退席者あり 」という煽り文句がさらにハードルを上げてくる。
本記事では、本作を通して考えさせられる「 自我を保つことの尊さ 」を深掘りしていきたいと思います。
異端の鳥
あらすじ
第2次世界大戦下の、東欧のどこか。あるユダヤ人の少年は、ホロコーストを逃れるために田舎に住む一人暮らしの老婆のもとに預けられる。そんなある日、老婆は病死。さらに住まいを火事で失った彼は、身寄りをなくして彷徨い始める。たどり着く先々で、彼は周囲の人間から異物とみなされ、差別や迫害を受ける。そんな過酷な状況下で、それでも少年は生き延びようとして必死にもがき続ける。
公開日
2020年10月9日
原題
The Painted Bird
上映時間
169分
キャスト
- ヴァーツラフ・マルホウル
- ステラン・スカルスガルド
- ハーヴェイ・カイテル
- バリー・ペッパー
- ジュリアン・サンズ
- ウド・キア
予告編
考察・感想レビュー
好きだった点
映像をモノクロにすることで美しさが際立っていました。
映し出される「 血 」を伴う生々しさに反して、その自然の風景の綺麗さが印象的です。
主人公の少年以外は有名俳優が起用されており、演技力に申し分ない点も好きでした。
嫌いだった点
「 内容がかなりシビア 」という触れ込みを知っていて、さらにある程度の予習をしていることを前提として話が進んでいく点が不親切だなと思いました。
ホロコーストから逃れてきたことなどは説明不足なので、予告編やチラシで予習していなければ、話に付いていくのが難しいのではないかなと思いました。
映像の撮り方として、あえて暴力的なシーンを強調したり、カメラ目線のカットを挟んだりと「 映画好き向けの演出 」も目立つため、狙っている感じがしたのも微妙でした。
見どころ
世界観ではないでしょうか。
楽しいことは最初から最後までほとんどなく、とにかく流れつくところ行き着くところで主人公は辛い目に遭います。
しかし、彼はポスター通り「 生きる 」を絶対条件として、その時その場で自分の出来る限りのことを一所懸命にします。
その力強さがあるからこそ、辛いシーンばかりの本作を見続けることが出来るのだと思います。
考察レビュー
本作が示したいこととは何か?
私は「 自我を保つことの尊さ 」というのが1つ挙げられるのではないかと思います。
主人公は様々な地へと移り住んでいきますが、その先々で様々な癖のある人々に遭います。
優しいけれど特殊な性癖を持つ人、暴力的な人。
そのような人たちを通して見えてくるのは、人間の持つ悪意というよりかは「 人間の欲が人を変える 」という点。
優しさも示しつつ性への欲もあり、暴力的な側面もありつつ主人公を受け入れる優しさもあり。
描かれるのは「 性 」「 暴力 」の割合が高いのですが、登場するキャラクターの多くは本来の自分(優しさ)と欲に支配された自分(性や暴力)の二面性を持っています。
劇中では、その二面性の欲の部分が醜く映し出されますが、本来そのような二面性は多かれ少なかれ大勢が持っている普遍的なものであります。
だからこそ主人公が出会う「 情動や欲に支配されない稀有な人 」が崇高な存在のように思えます。
ただし、これは「 美しい精神を持ち合わせている 」という意味合いではなく、「 人間らしさを失っていない 」という意味合いです。
だから、友人のために敵討ちもしてしまうけれど、自分を支える思想・理念・志などに忠実に生きる姿は「 人間らしさ 」を象徴しているように思えました。
この「 欲に支配されるか否か?」に込められたメッセージは「 自我を保つというのは難しく、それゆえに尊い 」ということではないでしょうか。
だからこそ、他人の欲に触れることで自分も欲(主に怒り)に飲まれそうになる主人公が、最後に、自我を象徴する代表格である「 名前 」を記す行為が印象的になります。
本作に似た作品として「 幸福なラザロ 」を挙げたいのですが、そこでは人間としての純粋な精神や欲に支配されない精神を持つラザロが神格化されていたのに対して、
本作での主人公は、人間らしい危うさを備えており、両作品ともに「 人間らしい精神 」を問う作品ながらアプローチが異なり、精神的な崇高さを考えさせられました。
まとめ
どうしても鑑賞するかどうかのハードルが高い作品ではあるのですが、精神性について深く考えるキッカケとなる作品なので、しっかりと予習して見てほしい作品です。
考察で取り上げた「 幸福なラザロ 」もおすすめ。
多くの人に見てもらって、自分なりの解釈や考察をしてほしい。