「 枯れ葉 」考察レビュー、他愛ない話を最高の映画にしてしまうレシピ【 アキ・カウリスマキ 】

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目次

枯れ葉

原題

Kuolleet lehdet

公開日

2023年12月15日

上映時間

81分

予告編

キャスト

  • アキ・カウリスマキ(監督・脚本)
  • アルマ・ポウスティ
  • ユッシ・ヴァネタン

公式サイト

枯れ葉

考察・解説

©︎Kuolleet lehdet

映画ファンから絶大な信頼を得るフィンランドの名匠アキ・カウリスマキ。

第76回カンヌ国際映画祭で審査員賞を獲得した6年ぶりの新作は凄いものだった。

何が凄いかと言えば、1つはストーリーの馬鹿馬鹿しいまでの凡庸さ。

もう1つは、そんな凡庸なストーリーをこれだけ面白く、温かな感動に満ちた映画にしてしまう映画話術だ。

社会の底辺をはいずるような生活を送る、孤独な男女のオフビートなラブストーリー。

「 パラダイスの夕暮れ 」(1986年)「 真夜中の虹 」(1988年)「 マッチ工場の少女 」(1990年)という初期の労働者三部作に連なる作品だとされているが、確かにその3作品のさまざまな要素を混ぜ合わせた総集編のようだ。

カウリスマキは2017年の「 希望のかなた 」で引退宣言をしている。

それを撤回して撮ったのが、大上段に振りかぶったところが一切ない、これほどささやかな物語であったことに驚かされる。

こんな脚本を新人がプロデューサーのもとに持ち込んだら、即座にダメ出しを食らうことだろう。

それを映画化できてしまうのはカウリスマキだからこそであり、こんな脚本をカウリスマキ以上に面白く映画化できる人はいないことも示している。

カウリスマキの映画話術の秘密

大きな鍵は、あの徹底したミニマリズムだ。

カウリスマキ映画以外でフィンランドの文化に接することがあまりないので、これがフィランド庶民の一般的な生活だと思ってしまいそうだが、まさかそんなこともあるまい。

「 PERFECT DAYS 」の主人公である平山の生活が、日本の庶民の平均像ではないのと同じだ。

カウリスマキ映画の登場人物の生活は、平山の生活が余計な情報に溢れたものに見えてしまうほど、徹底したミニマリズムに貫かれている。

テレビがないのはもちろん、本すら1〜2冊しか持っていなさそうだ。

そんな何もない生活空間を背景とすることで、普段は見落としてしまいがちな人間の温もりや人生の侘しさが際だってくる。

このあたりは、物質文明と距離を置いた生活を送る人々を描いた、一部のアジア映画(最近で言えば「 小さき麦の花 」など)と共通するものがありそうだ。

またカウリスマキの映画は、「 絵画的 」という言葉からイメージされる華やかさとは違う、ある種の絵本を思わせるような素朴な美に溢れている。

一見地味に見えるが、その色彩設計は綿密な計算の上に成り立つものだ。

そんなミニマリズムに満ちた映像感覚と、台詞の間や音楽の使い方も含めた時間感覚が一体となる事で、あの独特なカウリスマキ世界が生まれる。

足し算ではなく徹底した引き算と、計算され尽くした絵音の設計によって、ノイズに満ちた現実の中から真に大切なものだけをすくい上げ、現実とは似て非なる映画世界を作り上げてしまう手法は、カウリスマキが敬愛してやまない小津安二郎に一脈通じるものだ。

その手法を駆使することで、こんな単純なラブストーリーも、深く心に響く映画になってしまう。

ラジオから流れるウクライナのニュース

もう1つ本作の大きなポイントとなる演出は、ラジオから流れてくるウクライナのニュースだ。

その戦争のニュースが直接ストーリーに絡んでくることはない。

登場人物が何らかの反応を示すことすらない。

だが何度も流れるニュースを聞いているうちに、ロシア軍の砲撃を受けて廃墟となったマリウポリの街にもこのような市井の人々の生活があったであろうこと、

そして戦禍に見舞われた街との対比で、一見侘しい日常生活の中に多くの宝が眠っていることに気づかされる。

それは静かな反戦の叫びであり、「 どんなクソみたいな人生でも、生きていれば何かしら良いことはある。諦めることはない 」という、素朴なメッセージに説得力を与えている。

アンサ役のアルマ・ポウスティが素晴らしい。

最初のうちは、生きることに疲れた人生どん詰まりの冴えない中年女にしか見えないのに、きついながらも仕事を見つけたこととホラッパ(ユッシ・ヴァネタン)との出会いによって少しずつ輝き始め、

終盤は「 少し歳をとったレア・セドゥ 」のように美しく見える。

その変貌ぶりには驚嘆した。

まとめ

本作は日本ではカウリスマキ映画史上最高のヒット、世界的にも「 ル・アーヴルの靴みがき 」(2011)に次ぐ2番目のヒットになっていると聞く。

新たな世界大戦前夜を思わせるような空気の中、多くの人が、足下の幸福を見つめ直す本作の姿勢に共感したためだろう。

このような素朴さこそが、今の世界で最も切実に求められているものなのかもしれない。

ぼのぼの

文・ライター:ぼのぼの

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