試写で鑑賞したホラー映画好きの友人から「 これだけは最悪。二度と観たくない 」と言われ、映画鑑賞に加え肝試しの気持ちで映画館に足を運んだ本作。
オバケやスプラッタではなく、いわゆる“ 人コワ ”系とよばれるジャンルだが、あまりに嫌なエンディングだったため 、終電で終点まで行ってしまい、夜道を震えながら歩いて帰宅することになった。
生活や仕事で人に出会うと必ず出てくる“ この人とは仲良くなれなさそう ”という予感。
今回は、そんな嫌な予感“ 胸騒ぎポイント ”を集めて、最悪の結末はいかにして導かれたかを整理しました。
一部、ネタバレを含みます。ネタバレNGな方はここでページを閉じてください。
胸騒ぎ
あらすじ
イタリアでの休暇中、デンマーク人夫婦のビャアンとルイーセ、娘のアウネスは、オランダ人夫婦のパトリックとカリン、その息子のアーベルと出会い、同世代の子どもを持つ者同士で意気投合する。
“お元気ですか?少し間があいてしまいましたが、我が家に遊びにきませんか?”
後日、パトリック夫婦からの招待状を受け取ったビャアンは、家族を連れて人里離れた彼らの家を訪れる。
オランダの田舎町。豊かな自然に囲まれたパトリックの家に到着し、再会を喜んだのも束の間、会話のなかで些細な誤解や違和感が生まれていき、それは段々と広がっていく。パトリックとカリンからの”おもてなし”に居心地の悪さと恐怖を覚えながらも、その好意をむげにできないビャアンとルイーセ。
善良な一家は、週末が終わるまでの辛抱だと自分たちに言い聞かせるが ——。
公式サイトより
公開日
2024年5月10日
原題
Gaesterne(英題:Speak No Evil)
上映時間
95分
予告編
キャスト
- クリスチャン・タフドルップ(監督)
- モルテン・ブリアン
- スィセル・スィーム・コク
- フェジャ・ファン・フェット
- カリーナ・スムルダース
- リーバ・フォシュベリ
- マリウス・ダムスレフ
- イシェーム・ヤクビ
- イェスパ・デュポン
- リーア・バーストルップ・ラネ
- エードリアン・ブランシャール
- サリナ・マリア・ラウサ
- イラリア・ディ・ライモ
公式サイト
作品評価
- 映像
- 脚本
- キャスト
- 音楽
- リピート度
- グロ度
- 総合評価
” 胸騒ぎポイント “から見る、本作の胸糞の悪さ
胸糞映画の新しい金字塔、映画「 胸騒ぎ 」
共感できる人間関係の“ なんか嫌 ”から、歴史に残るバッドエンドへ。
第38回サンダンス映画祭でのワールドプレミア上映で大きな話題となった北欧デンマーク発の、地獄のヒューマンホラーがとうとう日本に上陸。
やはり「 二度と観たくない 」「 最初から最後まで胸糞感が止まらない 」などの観客の声も届いています。
俳優としても活躍するクリスチャン・タフドロップ監督が、実際にバケーション先で知り合った友人から自宅への招待を受け、
「 もし行ったらどうなるんだろう? 」と思ったことから着想を得た本作。
監督はその友人の誘いを断ったそうですが、「 僕を誘ってくれた人はいい人だった 」とのこと。
映画の中では最悪の週末が繰り広げられています。
今回は、作品中に繰り返される” 胸騒ぎポイント “に注目。
ホラー作品ならではではなく、私たちの日常でもきっと経験のある” 共感できる胸騒ぎ “
これが、作品に観客を引きずり込み、恐怖に陥れる仕掛けとなっているのではないでしょうか。
胸騒ぎポイント1:仲良くない人から家に招待される
共通の友人がいるわけでも、毎日連絡を取り合っていたわけでもない、旅先で出会った“ だけ ”の友人からの誘い。
デンマークからオランダまで車で8時間。気軽に誘える距離ではありません。
胸騒ぎポイント2:食べたくないものを強引に勧める
ルイーセがベジタリアンだったことを知っていたはずのパトリック。
忘れていた可能性もありますが、やんわり断っているのに無理やり食べさせようとする強引さにモヤモヤ。
胸騒ぎポイント3:招待された側なのに、支払いは自分
パトリックからディナーに誘われたビャアンとルイーセ。
地元の居酒屋に到着すると、オランダ語のメニューが読めず注文は全てパトリックにお任せ。
いざお会計となると決して財布を出さないパトリック。ビャアンが結局全額支払うことに。
胸騒ぎポイント4:泥酔で運転
ディナーから、車で帰路につく夫婦2組。
泥酔したパトリックが運転席に乗り込み、カセットテープを大音量で再生。
ご機嫌なパトリック夫婦に対し、我慢限界のビャアン夫婦。
平気で飲酒運転をする社会規範のなさで、決定的に信用を失います。
胸騒ぎポイント5:他の子どもと比べて「 出来が悪い 」と怒る
「 たくさん練習した! 」とアウネス(ビャアン夫婦の娘)とアーベル(パトリック夫婦の息子)がダンスを披露。
微笑ましく見守るビャアン夫婦とは対照的に、「 リズム感が悪い!もう1回やってみろ! 」と厳しく指導するパトリック。
コーヒータイムのほのぼのお披露目会のはずが、地獄の空気に。
パトリックはなぜ息子に酷いことができるのか。エンディングで全てが繋がります。
その他にも胸騒ぎポイントは作品に終始散りばめられています。
生活のルールの違い、文化の違い、教育方針の違い、収入格差、国民性などから発生した小さな意識のズレや違和感に対しては、
可能な限り寛容であること、否定すべきではない。
基本的に他人の生活を否定するべきではない、という静かな知性や道徳観念のようなものが根底あるからこそ、本作のビャアンとルイーセ夫婦も、
自分たちの身の危険が決定的になるまで何も行動できなかったのではないでしょうか。
失礼なことは言えない。無礼を犯してはならない。慎重に考え相手を許すことが、結果的に最悪のエンディングへと繋がりました。
引き返すチャンスはいくらでもあったのに。
衝撃ラストエンディングについての考察 ※ネタバレあり
いくつもの胸騒ぎが重なり、とうとう逃げ出したビャアン家族でしたが、車で立ち往生していたところをパトリック夫妻に見つかり拉致。
行きついた先には1台の車が。
中から出てきた男性がルイーセをヘッドロックし、カリンがアウネスの舌をハサミで切断。
喋れなくなったアウネスは人身売買業者と思われる男性に連れていかれます。
半狂乱のルイーセと、諦めたようなビャアン。
採石場で全裸にされ、パトリック夫婦から投石を受ける二人には、諦めのような表情も。
異教の神=モレクに子どもを捧げることは石打ち刑に値する(聖書レビ記)
なぜ二人は“投石”によって殺されたのか。拳銃でもなく、ナイフでもなく、大きい石を何度も裸体にぶつけられ、少しずつ体が崩れて息絶えていきます。
引き返すチャンス、反撃のチャンスが何度もあったにも関わらず、命の危険を確信し手遅れになってもパトリック夫婦を許し受け入れ続け、
反撃することもなかったビャアン夫婦。
「 失礼なことをしない 」「 反撃しない 」を選び続けた先にあったのは、“ 子どもを捧げ ”たのだと受け取られても仕方のない結果だけ。
ここまで残ったのだから、それは“ 子どもを捧げた ”のと同じことだ、ということなのかもしれません。
先天性無舌症で喋れないと言われていたパトリック夫婦の息子アーベルもまた、おそらく血縁関係のない人身売買用に調達された子ども。
ビャアン家族が去ればまた新しい家族が連れてこられ、悪夢は繰り返すのです。
まとめ
既にホラーのヒット作品を連発するアメリカのスタジオ「 ブラムハウス 」でのリメイクも決定している本作。
ヨーロッパ産ホラーとは全く違う怖さを観せてくれるのではないでしょうか。
胸糞系といえばダンサーインザダークやミストなど、代表作はたくさんありますが、
北欧系陰湿人コワ胸糞映画、泣きたいとき、元気なときに観るのがおすすめです。
文・ライター:米田ゆきほ