「 戦争と女の顔 」ネタバレなし考察レビュー

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管理人
今回は、ペンネーム@やらずのさんからの投稿レビューです。

今作は2015年のノーベル文学賞に輝きながら、ロシアでは発禁本であるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチのノンフィクション文学「 戦争は女の顔をしていない 」に着想を得て作られた。

舞台となるのは第二次世界大戦後のレニングラードではあるが、ロシアがウクライナに対し戦争の引き金を引いた現代、決して過去の話や他人事として割り切れない切実さが物語の節々に滲む。

時勢も相まって、気楽な気持ちでは鑑賞しがたい今作。

心して激情へと足を運んできた。

画像の引用元:IMdb公式サイトより
(アイキャッチ画像含む)

目次

戦争と女の顔

戦争と女の顔
©︎戦争と女の顔

公開日

2022年7月15日

原題

Dylda

上映時間

137分

キャスト

  • カンテミール・バラーゴフ(監督)
  • ヴィクトリア・ミロシニチェンコ
  • ヴァシリサ・ペレリギナ
  • アンドレイ・ヴァイコフ

予告編

公式サイト

戦争と女の顔

作品評価

  • 映像
  • 脚本
  • キャスト
  • 音楽
  • リピート度
  • グロ度
  • 総合評価

考察レビュー

戦争と女の顔
©︎戦争と女の顔

「 わたしはからっぽ 」とは、主人公のイーヤが劇中でたびたび口にする台詞であり、語られなかった戦後を生きる彼女たちの象徴と言える言葉だ。

「 戦地妻 」として従軍していた彼女たちは、戦地で深いトラウマを負って苦しみ、その従軍経験の性質から戦後も世間にどこか軽んじられる。

そんななか、イーヤは預かっていた戦友マーシャの子供を、自らの発作が原因となって死なせてしまう。

戦地から戻ったマーシャは、償いとしてイーヤに子供を産ませるよう画策し、イーヤもまた罪の意識やマーシャへの親愛からそれを拒めない。

その様子はまさに静かな狂気。

スクリーンを満たす理解不能の情念に、私は彼女たちに同情しつつも戦慄せざるを得なかった。

話はやや遠回りをしたが、なかなかマーシャの希望通りに身ごもることのできない自分に対してイーヤが吐いたのが冒頭の言葉。

表面的には赤ちゃんの不在を「 からっぽ 」と表現したように聞こえる。

しかしここでイーヤが「 からっぽ 」だと言いたかったのはお腹のなかではなく、彼女たちの存在そのものについて。

荻上チキ「 彼女たちの売春 」(扶桑社)のなかで実際に売春を行っている女性は「 減るんだよね、実際。何がって、自分の価値が 」と語る。

もちろん売春女性とイーヤたちを取り巻く状況には様々な違いがあるが、望まない性行為を生活の糧として生きてきた点で両者は同じであり、

イーヤたちもまたワリキリ女性たちと同じように「 価値 」(尊厳や人間らしさと言い換えられる)を失っていかざるをえなかったのだ。

まとめ

戦争と女の顔
©︎戦争と女の顔

今作は終わらない地獄で喘ぐ喪失の物語であり、その地獄のなかで「 普通 」であることを欲して何かに縋る切実さの物語。

マーシャは子供というからっぽな自分が何かを生み出せたという証に、イーヤはマーシャへの親愛に縋り、もがき苦しみながら未来へと進んでいく。

切実な思いで何かに縋る彼女たちの声のない慟哭が、確かに聞こえた気がした。

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戦争と女の顔

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