「 カラミティ 」考察レビュー、西部開拓時代に活躍した女性ガンマン

カラミティ

管理人

映画ライフ楽しんでますか? 今回は、ペンネーム@よるがろさんからの投稿レビューです。

伝説の女性ガンマンであるマーサ・ジェーン・カナリーの子供時代をモチーフにした小さな冒険譚。

2020年のアヌシー国際映画アニメーション映画祭にて、最高賞であるクリスタルを受賞するなど、世界でも高い評価を受けました。

マーサ・ジェーンは平原の女王の異名を取り、19世紀アメリカの西部開拓時代に活躍した女性ガンマン。

南北戦争で活躍したワイルド・ビル・ヒコックと友人だったことなどでも知られています。

女はスカートを履け。

荷馬車の御者は男の仕事。

そんな風によりもずっとジェンダー規範が強固に凝り固まった時代に生きた彼女は、何を思って長い髪を切り、何を感じてスカートを脱ぎズボンを履いたのか。

アニメーションの柔らかなタッチとは対照的に、とても示唆的なストーリーでした。

 

画像の引用元:公式サイトより
(アイキャッチ画像含む)

カラミティ

カラミティ

©カラミティ

公開日

2021年9月23

原題

Calamity, une enfance de Martha Jane Cannary

上映時間 

82分

キャスト

  • レミ・シャイエ(監督)
  • サロメ・ブルバン
  • アレクサンドラ・ラミー
  • アレクシ・トマシアン

予告編

公式サイト

カラミティ

作品評価

作品評価
映像
(4.0)
脚本
(3.0)
キャスト
(3.0)
音楽(BGM)
(4.5)
リピート度
(3.0)
グロ度
(1.0)
総合評価
(3.0)

カラミティ(感想レビュー)

カラミティ

©カラミティ

アニメーションは、たとえば京都アニメーションに代表されるような日本の精緻でリアリスティックなものではなく、どこか絵本の世界観のようなタッチで牧歌的。

豊かな自然風景を連想させるような音楽とも相まって、味わい深い作品世界を構築していたように思いました。

脚本のなかで私が最も印象的だったシーンは、マーサ・ジェーンが家族のいるキャラバンを離れ、泥棒の疑いがあるサムソンを追いかけて軍のキャンプへと潜り込んでいくシーンです。

もちろん細かい描写には突っ込みどころがありました。

マーサ・ジェーンは子供であるがゆえか、言動が乱暴すぎます。

奔放さみたいなものを表現したかったのでしょうが、過剰なお転婆は共感をさまたげますし、そもそも西部開拓時代という荒れた時代背景を考慮すれば、相手をコケにする様子はいつ銃殺されてもおかしくないような気がします。

相手にしたのは軍ですしね。

とまあ、少し話は逸れましたが。

こうした突っ込みどころには目をつぶっても、うならされたのが上に挙げたシーン。

マーサ・ジェーンは泥棒騒動の真実を知ると同時、少尉だと思っていたサムソンが本当はただの洗濯係であることを聞かされます。

軍服に袖を通すことで、洗濯係である自分とは違う自分になれた。

きっと君がズボンを履く理由と同じだと。

外見を取り繕うことで、少しの間だけ異なる自分になることを望む。

具体的にはサムソンが軍服を着ることで洗濯係から少尉に、マーサ・ジェーンがスカートからズボンに履き替えることで少女から少年に。

言われてみると納得できるような気がしますが、果たしてサムソンが言ったことはマーサ・ジェーンにも当てはまるのでしょうか。

たしかにマーサ・ジェーンは「 着るものも全部、男が得をしている 」と嘆きます。

それにサムソンの言うことには一定の真実があるのも事実です。

現代の私たちに照らせば、コスプレなどは身に纏うもので日常の自分から逸脱することのいい例です。

単にいい服やお気に入りの服に袖を通したときの背筋が伸びるような感覚も、それに近いものと言えるでしょう。

しかし彼女は決して男に、あるいは少年に憧れたわけではないのではないと、私は思いました。

まとめ

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男だからこうあるべき。

女だからこうしなくちゃいけない。

そんな凝り固まって息苦しいジェンダー観に唾を吐き、自由であることを望んだ。

彼女の奔放さから読み取れる望みは、男や女といったカテゴリの横断ではなく、そんなカテゴリから飛び出した、自分がただ自分らしくいられることだったのではないでしょうか。

広がる平原と空のように豊かな自由こそ、この時代にあって女性ながらに馬を駆った伝説のガンマンの目指していたものであるように思います。